2026年06月22日

シーク教のお寺

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
インドの58記事の内から20ブラシュアップして紹介させていただいたことから、インドの58記事の中の次の19記事をブラシュアップして紹介させていただきます。本記事が/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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世界遺産のフマユーン廟の敷地に接して、真っ白の立派な寺院が見えました。 聞くとシーク教(シク教、スィク教、スィック教)の寺院だそうです。 シーク教(Sikh)と言えば、あの頭に巻いているターバンです。 ターバンはイスラム教でも巻く人がいますが、日常的にターバンを巻くのはシーク教徒なのです。
インド人と言えば、そのターバンを思い浮かべる方が結構おられると思いますが、実はインドではシーク教徒 は全人口の約2%だけなのです。

ネットで調べるとインドの人口に占める各宗教の割合は2007年版ブリタニカ国際年鑑によると次の通りです。 括弧内数値は2001年国勢調査です。
  ヒンドゥー教徒   73.72% ( 80.5%)
  イスラム教徒    11.96% ( 13.4%)
  キリスト教徒     6.08% ( 2.3%)
  シーク教徒      2.16% ( 1.9%)   別の発音 シク教  スィク教  スィック教
  仏教徒        0.71% ( 0.8%)
  ジャイナ教徒     0.40% ( 0.4%)
  アイヤーヴァリ教徒 0.12%
  ゾロアスター教徒  0.02%
  その他        1.44%
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普通に町を歩いていている一般の人で、ターバンを巻いている人はほとんど見ません。 意識しないで撮った沢山の写真をチェックしましたが、下の写真のように写っていませんでした。
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ところが飛行機の乗客の中では結構見かけました。 警官や軍人でも良く見かけます。 要職つく人が多いのかもしれません。 ネット でも「シーク教徒には強い戦士が多くまた裕福な人々が多い。」と書かれていました。 納得です。
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シーク教徒の人は5つのKを身につけているそうです。 下の写真のおじさんはナイフを腰に下げています。 ムンバイの右の小さな写真のインド門の横を歩かれていました。
 ・Kesh...髪を切らず、ひげや体毛を剃らない。IMG_2737-1230-26.jpgIMG_2733-132.jpg
 ・Kengha...くし
 ・Kirpan...ナイフ
 ・Kara...鋼鉄のブレスレット
 ・Kaccha...ボクサーショーツ型下着
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軍の人にも一般よりも遥かに比率が多かったです。
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これも警官の人の写真です。 この写真だけインドに初めて来た時にフィルムカメラで撮った写真です。
撮影日は1992年7月18日です。
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ホテルの入口で対応する人はほとんどターバンを巻いた人でした。 ホテルの玄関の人は身長も190cmを超える人がほとんどです。 シーク教徒の人は体が大きいのは確かなようです。
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沢山の撮った写真を探しても飛行機に乗る人を除いた一般の人が写った写真でターバンの人が入った写真はこれだけでした。 一般に歩いている人だけ見ると百人に一人より少ない気がしました。 この写真も観光場所であるレッド・フォートなので平均的な比率とは違う気がします。
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上の写真はこちらの写真から切り取ったので解像度があまりよくありませんでした。
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posted by SORI at 16:59| Comment(38) | TrackBack(2) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月21日

メキシコ・モンテレイの街並みと肉料理

インドの58記事をブラシュアップして掲載中ですが、今日 2026年6月21日にサッカーのワールドカップで日本とチュニジアの試合がメキシコのモントレー(モンテレイ)で行われることから、インドの記事の掲載を中断して、今日だけですがモンテレイの記事をブラシュアップして掲載いたします。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先ずは私にとっては海外で最も長い3ケ月間を過ごしたメキシコのモンテレイの街並みの写真を追加掲載させていただきます。 記事の中ではモンテレイやモントレーなどを使っていますが、すべて2026年サッカーワールドカップの試合が行われる同じ町Monterreyです。 Wikipedia → ポチッ
上の写真がモントレーの町から撮った有名なセロデルフレイル山(Cerro de la SillaCerro del Fraile)です。 今回のモンテレイを紹介したテレビ中継でもよくこの山が画面に映し出されていました。

こちらがモントレイで約3ケ月間(2002年12月10日~2003年03月12日/93日間)滞在したホテルです。
それも10日間(12月10日~12月19日)のつもりで訪れましたが、予想外のこと(下で少し記載)が発生して、3ケ月の滞在になった思い出の場所でもあるのです。
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上の写真からGoogleマップのストリートビューを見つけました。
ホテル名はGamma Monterrey Gran Hotel Anciraでした。


こちらがGoogleマップで見たモンテレイの航空写真です。 
中央あたりの空色マーク()が泊まったホテルのGamma Monterrey Gran Hotel Anciraです。 
日本チュニジア戦が行われ4対0で日本が勝利した競技場(M-38.gif)まで、ホテルから約7kmの距離です。
左上の空色マーク()は後半で紹介するバーベキュー・パーティーをした場所です。


ワールドカップで、日本チュニジア戦が行われた競技場であるEstadio BBVA(Estadio Monterrey/エスタディオBBVA)を拡大しました。


競技場のストリートビューも紹介します。


モンテレイの雰囲気を感じてもらうために私が3ケ月モンテレイに滞在していた時の写真で紹介していきます。
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泊まったホテルの近くの歩行者街の朝の風景です。
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教会の塔と町の風景です。
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塔に近づきました。 ボンネットのあるバスも走っていました。
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タクシーは鮮やかな緑色でした。
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通りの先には山が見えていました。
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趣のある建物とボンネットバスの風景です。
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何気ない交差点の風景にもメキシコを感じました。
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上の写真に写っているバスと同じルート( RUTA 67 )のバスです。
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モントレーのパトカーです。
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独特の雰囲気が感じられます。
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道路沿いには沢山のお店がありました。
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沢山のボンネットバスがとれました。
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こちらはクリスマスの飾りをされた夜のモントレーの景色です。
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海外で、年を越すのも唯一の経験となりました。
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いろんな建物が飾られていました。
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町中がクリスマスムードでした。
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左の写真がモンテレイで有名な教会で、右が泊まったホテルです。
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モンテレイの有名な建物の前には沢山の人が集まってイベントが行われていました。
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こちらがイベントの1つです。
ここまでの写真が、今日2026年6月21日に追加掲載した写真です。
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参考に2026 FIFAワールドカップの16の競技会場の場所を紹介します。→ ポチッ
沢山の競技会場がありながら、偶然にも私が最も海外に長く滞在(約3ケ月)したモンテレイで今日、日本戦ががあるのは不思議な偶然を感じます。
 米国 11会場  カナダ 2会場  メキシコ 3会場(モンテレイ メキシコシティ グアダラハラ)  
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上の地図で訪れたことがある町は ニューヨーク ダラス マイアミ モンテレイ メキシコシティー
<< ここから下が以前に掲載したモンテレイの記事 >>
モンテレイ(モンテレー)で最も印象に残ったことを紹介いたします。 モンテレイは、私にとっては3ケ月間と、最も長い海外滞在がこの場所でした。 その中で最も印象に残ったのが肉料理でした。 メキシコと言えばメキシコ料理と思われがちですが、私にとってはメキシコと言えば肉料理でした。 なぜかメキシコはステーキはおいしい。 レストランに行けば時々はずれもあるけれど5軒に4軒はあたり! おいしいステーキはソース&たれの類はまったく必要ありません。 つけない方がおいしいくらいです。
高級店に行けばいろんな高級部位が選べます。 人数が多ければ、すべてを注文して全員で取り分けて食べることをお奨めします。 その時、初めて部位の違いによる味やおいしさの差がはっきりと判ると思います。 実はそういう食べ方で自分の一生の中で一番おいしいステーキがありました。 その時、部位の名前を確認しなかったことと店の名前をメモしなかったことを後悔しています。
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あばらの付いた大きな塊の肉もありました。もちろん美味しい牛肉です。
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今回の写真はメキシコの人たちとバーベキューをやった時の写真です。地元の人が選んできてくれた肉なので格別に美味しい肉でした。もちろん炭火焼きです。ほとんどが牛肉ですが鶏肉も焼きました。それもおいしかっです。それにしてもすごい量でしょう。
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肉も多かったけれどもバーベキュー参加者も多かったです。左が全メンバーの記念写真で、右が日本人だけの記念写真です。白いワイシャツ姿が私です。


赤色の印のところでバーベキューをやりました。
記念写真の背景の発電プラント(268,000KW)が完成したので、共に苦労したメキシコ人の仲間たちと日本人のプライベートの、ささやかな焼肉パーティーだったのです。3ケ月間の滞在と上で書きましたが本来は10日間(12月10日~12月19日)の予定でした。試運転が厳しい状況であったことから、引き渡しまでの3ケ月間(12月10日~翌年3月12日)の滞在になったわけです。試運転を行うのは電力会社の指示で真夜中であることから、皆は12時間勤務の2交代で行ないましたが、私だけは朝の8時に出勤して翌日の20時に帰る36時間勤務が何度もありました。海外で正月を過ごしたのも初めてでした。
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バーベキューは、このセロデルフライル山の麓で行いました。なんともいえない景観の中での食事でした。モントレー (MONTERREY) から車で40分くらいの場所でした。モンテレイは大きな町ですが少し離れると景色が一変することがわかってもらえると思います。
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セロデルフライルの場所がわかりました。
バーベキューを行った場所から目の前に見えていたセロデルフライル山を衛星写真で探してみると蝶の羽のような不思議な形をした山脈の集まりであることがわかりました。セロデルフライル山をネットで探してみましたが日本語では出てきませんでした。セロデルフライルはスペイン語だとCerro del Fraileと想像されますが地図の上には、ありませんでしたが、この山脈の最高峰はPicachos el Fraileであることが判りました。不思議な形をした山脈ののマークのところがこの山の最高峰です。標高は2390 mです。等高線の入った地図はこちらです。→ポチッ ポチッ
さらにCerro del Fraileで検索すると今回の山の画像沢山出てきたのでCerro del Fraileであることは間違いないと思います。さらに1969年6月4日に79人が乗ったボーイング727メキシカーナ航空がセロデルフレイルに墜落したことが書かれていました。→記事
撮影場所と書かれているは2025年12月9日に掲載する右の写真の自然のトンネルの記事のトンネルの撮影場所のことです。
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植物と言えばサボテンが最も目立った存在の場所でした。
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バーベキューをしたあたりには沢山のジャックラビットが生息していました。
近くに来るのですが、なにしろ逃げ足がすごく速いので簡単には写真が撮れません。やっと撮れたのが右の写真ですがボケちゃってます。左の写真はネットから拝借した写真です。耳の大きな野うさぎであることがわかってもらえると思います。
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ガラガラ蛇(ただし死骸)やサソリも見つけました。その時のサソリの動画を掲載いたします。さすがメキシコでした。私の足が2度出てきますが、一回目は画面が乱れてしまいます。2度目は動画の最後のところです。
SSブロク登録の動画→ポチッ


このあたりの道路を走っている時の動画も紹介します。再生してもらえると雰囲気が判ってもらえると思います。モンテレイの隣町であるサルティーヨ(Saltillo)に行く途中の峠道を行くところの動画です。


すぐに車を止めて廻りの景色を動画に撮りました。上の動画の中の最後の画面と、ほぼ同じ構図の画面があるので探してみてください。


肉料理の国だけあってってトルコなどで、有名なドネルケバブも街で良く見かけました。
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2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
ベトナムの記事を23ブラシュアップして紹介させていただきました。
次にメキシコの記事を5つブラシュアップして紹介したいと思います。本記事が/5です。

メキシコには3回訪問しました。1回目は5泊6日で、2回目は14泊15日で、3回目は10日程度の予定で入国しましたが事情により92泊93日(約3ケ月)と私の人生で最も長い海外滞在となりました。海外入国総回数は274回(1998年~2025年)ですが、下記以外の255回の海外滞在日数は4~13日です。
2週間以内が多い理由はビザなしが2週間滞在までの国が多かったからです。
メキシコはこの時ビザなしは3ケ月(or 2ケ月)までだったと思います。それを超えてしまいそうだったので車でアメリカの国境まで行ってアメリカに入ってすぐにメキシコに戻ったのを記憶しています。 結局滞在は3ケ月+3日(or 2日)だったので、1回は国境まで行くのは必須でした。
 最長滞在日数 93日/回 2002年12月10日~2003年03月12日 メキシコ
 2位滞在日数 15日/回 2000年09月03日~2000年09月17日 タイ
 3位滞在日数 14日/回 2002年10月27日~2002年11月09日 中国

 最短滞在日数   1泊2日 2006年09月07日~2006年09月08日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 1990年02月20日~1990年02月22日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 2001年07月22日~2001年07月24日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2002年05月30日~2002年06月01日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2002年08月25日~2002年08月27日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2003年04月10日~2003年04月12日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2005年11月16日~2005年11月18日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2006年01月08日~2006年01月10日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2006年02月06日~2006年02月08日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 2006年02月16日~2006年02月18日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 2006年06月21日~2006年06月23日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2006年08月07日~2006年08月09日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 2006年11月20日~2006年11月22日 台湾
 2位滞在日数   2泊3日 2010年01月31日~2006年02月02日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2010年02月09日~2006年02月11日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2010年02月18日~2006年02月20日 韓国
 2位滞在日数   2泊3日 2010年04月25日~2006年04月27日 韓国
posted by SORI at 20:57| Comment(126) | TrackBack(5) | メキシコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月20日

インドの石系のお土産

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介させていただきました。 本記事がおまけの20/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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紹介する石系のお土産は、最近インドに行ったときに買ったものではなくて、昔、初めてインドに行ったころに買ったものです。上の写真の皿は定番の大理石の飾り皿です。鮮やかな石と貝が埋め込まれているのが特徴です。有名なタジマハールはこのような宝石が埋め込まれた大理石で建物全体が作られています。ほんとすごいと感心してしまいました。

上の写真はクリックすると拡大しますがクリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

象さんの3重の彫り物です。網目の中にさらに象さんが彫られていて、その中の象さんも網目になっていて、その象さんの中にさらに象さんが彫られています。一つの石を根気よく彫ったなかなかの彫り物です。


網目の中の網目が判るように拡大写真を撮りました。 最も内側の象の一部も少し見えます。
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大理石のコースターとケースです。一番上のように鮮やかな石が埋め込まれています。


コースターをもう一種類、紹介いたします。真中のものは上のコースターをケースに収めた状態のものでまわりに並べているものが紹介したいコースターです。


大理石と宝石で出来た世界遺産のタージマハール(Taj Mahal)の表面を再現したお土産でした。
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タージマハールに行った時に大理石の加工工房にも行きました。 こちらが作業風景です。 この大きさだと完成するのに1年かかるそうです。 つまり「材料費+1年分の工賃+会社の経費(利益含む)」以上の価格で売られるわけです。
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拡大しました。 完成したものを見てみたいです。 見学したのは1993年7月31日のことでした。
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石系ではないけれどインドらしい壷も、思い出のお土産です。 これ以外には木にラクダの骨を埋め込んだ像の置物やジュウタンなどをお土産屋さんに買わされました。
posted by SORI at 17:25| Comment(31) | TrackBack(1) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月19日

タージマハールホテル

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が19/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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インドのホテルの話をするときにムンバイ(ボンベイ)のタージ・マハール・ホテル(Taj Mahal Palace & Tower)の話を抜きにしては出来ません。 特に外観の豪華さには目を奪われてしまいます。 真中の旧館の右側の高い建物が新館です。 Wikipedia

このホテルの奥に並んでいる海岸沿いのマンションは百万ドル(1.2億円)を下ることはなく、ますます値段は上がっているそうです。 インドには2つ世界があります。 庶民の生活の世界と、我々の想像を遥かに超えた豪華の世界です。
そして、最近、3つ目の世界が現れて来ました。 我々日本人の平均的な経済力がある人たちの世界です。 そんな人たちの人数は日本人を越えて約2億人いるそうです。 インドの人口は2024年に中国を抜いて現在14億7646万人です。→現時点人口
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海から見たタジマハールホテルです。 エリファンタ島から帰って来た時の船の上からの景色です。 残念ながら夕方であったために正面からは上の写真のように太陽があたった写真が撮れませんでした。
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太陽を背にしたタージマハールホテルです。 
逆光で、あまりにも画面が暗かったので、画像処理で明るくしました。
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ホテルの前でタクシーと交渉しているインドの女性も印象的でした。 
なかなか交渉が成立しませんでした。 インドのみなさんは交渉には慣れています。
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ホテルの旧館に入ってみました。
中央のドームの部分は上まで吹き抜けになっており螺旋状に階段で上がれます。 ここは2階部分です。
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これは何か判りますか。
中央ドームを真下から見たところです。 廻りに螺旋階段があるのが判ってもらえのと思います。
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一階から上がるところの写真です。
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中庭にはプールがあり、廻りではのんびりとすごすことが出来ます。
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こちらが中庭です。 左端にプールが写っています。
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外には馬車も待っていました。
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ホテルの前の景色です。 海が広がっています。
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航空写真でデリーのタジマハールホテルを紹介します。


こちらがストリートビュー(SV)です。



ここから下がデリーのタジマハールホテル(Taj Mahal, New Delhi)です。 こちらも立派なホテルでした。
1993年07月25日~1993年08月06日に泊まりました。 撮影日は1993年08月01日でした。 私は何度かタジマハールホテルに泊まりましたが、その中でドイツのコール首相がタジマハールホテルに宿泊したことがあり、その時は沢山の兵士がホテルを囲んでいました。それが1993年07月25日~1993年08月06日の中だったと思います。
今はJALの成田~デリーの直行便はありませんでしたが、この時は直行便があり、その直行便で往復しました。 この時期はフィルムカメラだったので、機内の写真や搭乗券の写真は撮っていませんでした。
 1993年7月25日 JL 成田 → デリー
 1993年8月06日 JL デリー → 成田
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載します。 本写真をクリックするとさらに拡大します。 拡大するとフィルムカメラであることが判ってもらえるかもしれません。
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デリーのタジマハールホテルの航空写真も紹介します。


ストリートビュー(SV)でもデリーのタジマハールホテルを紹介します。
posted by SORI at 21:08| Comment(36) | TrackBack(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月18日

34年前のデリーの写真

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が18/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大11
クリックすると拡大インドの記事をいくつか掲載したので懐かしくなり昔の写真を探してみました。 その結果1992年7月17日と18日に撮影した写真が出てきたので掲載いたします。 今までも何枚かインドの写真を掲載いたしましたがこれらが最も、34年前のインドの雰囲気を表しています。
商店街です。 みんなゴムゾーリなのが印象的でした。

クリックすると拡大右の写真が34年前の私です。下の写真は、食べ物屋さんですね。カラスが目の前を飛んでいるのがわかりますか。写真の中央です。
前の記事できれいな空港を紹介しましたが、23年前のデリーの空港に着いたときの衝撃的な印象は今でも記憶に残っています。残念ながら空港の写真は残っていません。真夜中に着いて、荷物が出てくるまでに1時間は待たされました。全数X線検査をしたものがターンテーブルに乗って出てきますがチョークでチェックをつけられたスーツケースは荷物チェックを受ける必要がありました。一番衝撃的だったのは空港を出た瞬間でした。たくさんの人たちが客になりそうな人を待ち受けているのでした。
クリックすると拡大

道路が交差する場所です。ほとんどロータリーになっていますが珍しく信号機のあるロータリーです。
クリックすると拡大

私がはじめてインドに行ったのが、これらの写真を撮った時でした。クリックすると拡大
下記の日程でアメリカ→ドイツ→インドと移動した中で、1992年7月16日にフランクフルトからデリーに入り、7月21日にボンベイ(今はムンバイと呼びます。)から成田に帰ってきました。 このときを含めてインドには13回行きました。
今回紹介の写真は9枚すべて、その時のデリーの写真です。
下の写真はデリーの露店です。右の写真はデリーで泊まったホテルの写真で、右下の写真はホテルでの記念撮写真です。
ホテルの中だけは別の世界だったのがインドでした。
クリックすると拡大 7月11日 成田 → シカゴ
 7月11日 シカゴ → ルイビル
 7月14日 ルイビル → シカゴ
 7月14日 シカゴ → フランクフルト
 7月16日 フランクフルト → デリー
 7月20日 デリー → ムンバイ
 7月21日 ムンバイ → 成田
062_62-1230-26.JPGクリックすると拡大

クリックすると拡大泊まったホテルの部屋から駅が見えました。
ホテルの名前は変わりましたが、一時期はインターコンチネンタル ザ グランド( INTERCONTINENTAL THE GRAND )に変って、今はThe Lalit New Delhi( थे ललित न्यू दिल्ली )です。
偶然にも21年後に同じホテルに泊まって同じ構図の写真を撮りました。→ポチッ
クリックすると拡大クリックすると拡大

23年間に担当および責任者として世界の54ケ所に発電プラントを納めてきましたが、インドでは下の3つの航空写真の発電プラントのプロジェクトを行いました。 仕事はプラントの設計および完成・引渡までのプロジェクトの遂行です。 最近ではGoogleで空から、そのプラントを鮮明に見ることが出来るようになりました。 今では当たり前ですが、34年前には考えられないことでした。 すごいです。
真中のプラントの件では何度もデリーに行き、サイトには最終段階に行きました。 その最終段階の時に急にサイトの近くまでの飛行機が飛ばなくて、1995年11月07日世界で最も交通事故の多いと言われた「死の8号線」と呼ばれる国道8号線をインドの車アンバサダーで長時間(約190km)走ったことを思い出しました。 ほんとうに事故の光景を沢山見て怖い思いをいたしました。 馬力が無くスピードの出ないアンバサダーでの追い抜きは命がけでした。 その時の移動は次の通りでした。
 1995年11月06日 成田       → デリー
 1995年11月07日 デリー      → アーメラバード
 1995年11月07日 アーメラバード → バルーチ  フライト欠航により車(アンバサダー)移動
 1995年11月15日 バルーチ    → ムンバイ(ボンベイ)
 1995年11月16日 ムンバイ     → ソウル    初めてファーストクラス(F Class)に乘る。
 1995年11月16日 ソウル      → 成田
8,000KW発電            700,000KW発電          1,500,000KW発電


こちらの緑色マーク()がインドで訪問した町です。
posted by SORI at 17:42| Comment(30) | TrackBack(2) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月17日

インドでもスピード違反の取締

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が17/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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スピード違反の取締りです。 少し手前の中央分離帯にスピードガンを持った人がいました。 俗に言う鼠取りです。 個人の車の場合は罰金900ルピーですが営業車の場合は罰金3000ルピー+一週間の免停だそうです。
我々が乗っていた車は営業車になるため、もし違反すると後者の方です。 今回の運転手さんの給料は3400ルピーなので、月給に相当する罰金を払った上に一週間の免停となるため、かなりの痛手です。
もちろん罰金を会社は払ってくれことはありえないので個人で払うことになるそうです。 支払いは後日、裁判所に行って支払うそうです。

捕まえる場所は2段構えなのです。冒頭の写真から300m先でも一台の車が捕まっていました。 後ろの車がパトカーで、前のスズキのマルチが捕まった車です。 すり抜けたと思って安心しているときに止められるとショックでしょうね。
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冒頭の写真よりは少し手前で撮った写真です。 この場所はすでに計測場所を過ぎた後なので気がついてもダメですね。 黄色と緑の三輪タクシーの位置で時間差がわかってもらえると思います。
インドは交通ルールに対して厳格なことを、初めて認識させてもらいました。
この時、1ルピー = 約2円なので換算するとイメージがつくと思います。
ちなみに現在2026年6月17日は1ルピー = 1.696円です。
上の罰金の数値は通常のスピード違反でオーバースピードの値によってはさらに罰金の金額は上がるそうです。 今回の運転手さんは、かなり手前から察してゆっくり走っていました。 なぜ判るのか聞くと第6感と答えてくれました。
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制限スピードの表示です。 車種によってスピード制限値が違うのがインドです。 
この場所では乗用車が60km/hで、トラック等が40km/hで、バイクが50km/hでした。
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こちらのムンバイの道沿いで、上のスピード制限値の標識を見つけました。
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この道で趣のあるサイドカー付のスクーターを見つけました。
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サイドカー付のスクーターはこちらの写真から切り取りました。
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なかなか道に合流できなくて待っている状態でした。
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posted by SORI at 06:47| Comment(44) | TrackBack(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする