2025年04月07日

国王の居間群 (ヘラクレスの間 豊饒の間 ヴィーナスの間 ディアナの間 マルスの間 メルクリウスの間 アポロンの間)

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただきます。
パリからのバスツアーのロアールの城めぐりを紹介しましたが、その前日にヴェルサイユ宮殿に行ったので、そのヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿は見どころがあったので連続20の記事をブラシュアップして掲載いたします。本記事が/20です。
ちなみにヴェルサイユ宮殿へは泊まったホテルの最寄駅から電車で往復いたしました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は、前記事でヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂の記事で最後に紹介した「ヘラクレスの間」です。ヘラクレスの間は現在の礼拝堂が出来る前に王室礼拝堂があった場所でこの部屋の1階と2階部分を礼拝堂が占めていたそうです。1710年に現在の礼拝堂が出来て、長い工事の末に国王の大きな居間に変身いたしました。後で掲載している配置図で、①のところです。
壁に飾られている大きな絵は「シモン家の宴」で、巨大な天井にフランソワ・ルモワンヌによって描かれてた「ヘラクレスの栄光」がありました。ヘラクレスの間と呼ばれているのは天井画に由来していると感じました。

こちらが「シモン家の宴」です。この絵は1570年にヴェネチアの セルヴィテス修道院の食堂にあったものだそうでが、1664年に総督がルイ14世に贈ったそうです。贈った目的は、対トルコへの支援を要請するためのものでした。
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冒頭の写真と反対側です。
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絵画の下に大きな暖炉がありました。
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絵画を拡大いたしました。
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暖炉も見事でした。ヘラクレスの間は国王の居室の一つで、連なった国王の居間の中の最大の居間でもあります。
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上で紹介した「ヘラクレスの間」から有名な「鏡の間(鏡の回廊)」までの間に連なって国王の居間などがあります。その部屋を順番に紹介したいと思います。戦争の間の次が有名な「鏡の間」です。①のヘラクレスの間から⑦のアポロンの間までが国王の居間と呼ばれている部分です。紹介の部屋以外に「第一控え室の間」、「第二控えの間」、「貴人の間」、「大会食の間」、「閣議の間」、「王妃の衛兵の間」、「戴冠式の間」などの沢山の部屋がありました。
右の航空写真の赤色ライン(━━)が今回紹介の国王の居間の見学ルートです。
 ① ヘラクレスの間  Salon d'Hercule
 ② 豊饒の間     Salon de l’Abondance
 ③ ヴィーナスの間  Salon de Vénus
 ④ ディアナの間   Salon de Diane
 ⑤ マルスの間    Salon de Mars
 ⑥ メルクリウスの間 Salon de Mercure
 ⑦ アポロンの間   Salon d’Apollon
 ⑧ 戦争の間   ⑨ 平和の間
 ⑩ 王の寝室   ⑪ 王妃の寝室

へラクレスの間から豊饒の間を見た写真です。
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② 豊饒の間 Salon de l’Abondance
この豊饒の間は夜になるとが軽い飲み物を提供する場所として、カフェ、ワイン、リキュールなどが供されたそうです。
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そして、この部屋はルイ14世の「好奇心または珍重の小部屋」とも呼ばれていたそうです。ルイ16世の時代には遊戯の間になったそうです。王は重要な訪問客に、ここに保管されている金銀細工の壷、宝石、メダルを見せることを好みました。ヴォールト(天井)の装飾もそれを反映しているそうです。
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船の形をしたマストのない貴重な王の大帆船は、重要な出来事の機会には王のテーブルの上か、あるいはビュッフェ・テーブルの上に置かれていたそうです。その前を通り過ぎるときに人々は敬礼する必要があった権力の象徴で、王のナプキンが入れてありました。
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③ ヴィーナスの間 Salon de Vénus
この部屋は、ディアナの間と同じく、大居室へ通ずる主な経路をなしています。というのも1752年に破壊された「大使の階段」の先が大居室だったからだそうです。居室の夕べでは、食卓の準備をして、花かご、オレンジやレモンといった新鮮で珍しい果物をピラミッド形に並べ、砂糖漬けの果物、マジパンなども取り揃えられていたそうです。
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他の続きの部屋と同様に、この部屋は惑星に名前を借りていますが、これはヴェルサイユ宮殿全体の装飾のインスピレーションが惑星としての太陽系に求められているからだそうです。このヴィーナスの間は、天井に愛の女神が描かれていますが、古代ギリシャでは金星(ヴィーナス)と関連付けられていたからだそうです。ヴォールト)天井)の下部(アーチ形)を装飾する絵画は、古代の英雄の行動を描き、それは同時にその部屋の惑星と、ルイ14世の偉業にも関連しているそうです。
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一連の部屋の中でも、ヴィーナスの間が最もバロック的な装飾だそうです。ここが、ル・ブランが建築と、彫刻、絵画を現実にあるいは見せ掛けとして対話させた唯一の部屋でもあるそうです。つまり、壁柱と大理石の柱が、ジャック・ルソーの描いた遠近の眺望に取り込まれ、窓側のだまし絵の2つの彫像が、ジャン・ヴァランの描いたルイ14世の人物に対応しているそうです。
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④ ディアナの間 Salon de Diane
ヴィーナスの間と同様に、ディアナの間は、大居室のホール、そしてルイ14世の頃には、夜は居室、ビリヤードの間として利用されていたそうです。拍手を送る夫人たちのためにふたつの壇が作られていて、上手だった王が素晴らしいプレイをするたびに拍手をしたので、「拍手の寝室」とも呼ばれていたそうです。古代ギリシャでは、狩の女神であるディアナは、その冷たい印象から月に譬えられていたそうです。彼女はまた太陽神アポロンの妹でした。ヴォールト(天井)の下のアーチ部分の装飾には、古代の英雄たちが狩をする姿が描かれています。これは暗喩ではなく、ルイ14世が立派な狩人だったという事実を示しているそうです。
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天井の中央部分の絵はガブリエル・ブランシャールの作品で、航海と狩をするディアナの絵です。暖炉の上には、イフィジェニーの犠牲を描いたシャルル・ド・ラ・フォスの作品、その向かいのコンソール(テーブル)の上にはディアナとエンディミオンが描かれたガブリエル・ブランシャールの作品があります。
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古代の胸像はマザラン枢機卿のコレクションで、彼がルイ14世に遺贈した物です。
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中央の胸像です。
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こちらが右側の胸像で男性です。
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こちらは左側で女性の胸像です。
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ディアナの間の窓からの景色です。北方向です。
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庭を手入れする庭師の人が沢山いるのが印象的でした。
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⑤ マルスの間 Salon de Mars
マルスは惑星の火星を表すと同時に戦争の神でもあります。この部屋は、元々は衛兵の間でしたがのちに夜は居室として使われ、音楽及び舞踊などに使用されたことから「舞踏の間」とも呼ばれるようになったそうです。宮廷バレエは厳格な基準があり、数多くのリハーサルが必要で、王太子たちがプロのダンサーに混じって参加することもあったそうです。暖炉の両側には高壇が設けられていましたが、これは音楽の奏者たちのためだったそうですが、その高壇は1750年に取り払われたそうです。天井の中央には、クロード・オードランにより、狼たちが引く戦車に乗ったマルスが描かれています。
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沢山の絵画で飾られていました。
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見事なシャンデリアと天井画と金色の装飾が印象的でした。
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こちらの絵の金色の額にはMARIE LECZINSKA 1747と書かれていました。フランス王ルイ15世の王妃のマリー・レクザンスカ(1703年6月23日~1768年6月24日)です。父スタニスワフ・レシュチンスキはポーランド王で母はカタージナ・オパリンスカ王妃です。
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額の飾りも見事でした。
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⑥ メルクリウスの間 Salon de Mercure
このメルクリウスの間はもともと大居室の装飾的な寝室で、それが起源となって「寝台の寝室」とも呼ばれていたそうです。しばらくするとその寝台は冬場は取り払われ、その代わりに遊戯の机が置かれていたそうです。
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このメリクリウスの間が寝室として利用されたのは、ルイ14世の孫、アンジュー公のスペイン国王即位の宣言の時で、アンジュー公はこの部屋を3週間寝室として使用したそうです。また、1715年9月2日から9月10日までルイ14世の遺体が安置されたのもこの部屋でした。
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こちらの部屋では、こちらの時計も印象的でした。
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こちらの部屋の天井画も見事でした。
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⑦ アポロンの間 Salon d’Apollon
ルイ14世が自ら同一視する太陽、芸術そして平和の神に捧げられたアポロンの間は、最も豪華な部屋といわれています。
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天井画の装飾やシャンデリアから、その豪華さが伝わってきました。
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中央の丸い天井画が印象的でした。
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⑧ 戦争の間 Salon de la Guerre
こちらが、7つの大居間と鏡の間の間にある「戦争の間」です。左に行くと「鏡の間」に行きます。楕円形の化粧漆喰朝浮き彫りは「敵を足下に踏み敷く馬上のルイ14世」の姿でコワズヴォクスの傑作だそうです。
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こちらの「戦争の間」も豪華な部屋でした。最も有名な「鏡の間」は「戦争の間」と「平和の間」に挟まれる形に配置されていました。
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posted by SORI at 20:33| Comment(38) | TrackBack(1) | ヴェルサイユ宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂 Royal Chapel

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただきます。
パリからのバスツアーのロアールの城めぐりを紹介しましたが、その前日にヴェルサイユ宮殿に行ったので、そのヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿は見どころがあったので連続20の記事をブラシュアップして掲載いたします。本記事が/20です。
ちなみにヴェルサイユ宮殿へは泊まったホテルの最寄駅から電車で往復いたしました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ヴェルサイユ宮殿の中に1699年から11年かけて1710年に完成した礼拝堂(王室礼拝堂)があります。この礼拝堂(Royal Chapel)が建てられる以前から、現在のヘラクレスの間の位置に礼拝堂がありました。その礼拝堂は1682年に建てられたのですが、完成してすぐに狭すぎることが判り、今回の礼拝堂の建設が決まったのでした。写真の中央の建物が、今回紹介する礼拝堂です。

こちらの写真は宮殿を東の正面から撮ったものです。礼拝堂の位置を矢印(↓)で紹介しています。この写真から礼拝堂はヴェルサイユ宮殿で最も高い建物であることも分かってもらえると思います。
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クリックすると拡大Googleマップで空からの礼拝堂(Royal Chapel/Chapelle Royale de Versailles)の三次元(3D)画像も紹介します。画像をクリックするとGoogleマップの3D画像を直接に表示します。
昔は文字やマークを消せる機能がありましたが、今は無くなりました。右の3Dの画像が文字などを非表示に出来た時代の三次元画像です。
右の3Dの画像はクリックすると拡大するので今の下の3Dの画像と比較してみてください。
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こちらが王室礼拝堂の内部です。礼拝堂の中には入れないことから入口からの写真での紹介になります。入口部分の天井のために礼拝堂の天井部分は見ることが出来ませんでした。かろうじで祭壇の上の天井画のみ見ることが出来ました。正面の祭壇の上にはパイプオルガンが配置されていました。地上階には身廊や側廊や周歩廊、階上廊には王の特別席が設けられているそうです。ゴシック建築様式の名残りとバロック様式の美的感覚が共存する独特な礼拝堂でもあるそうです。白と金が印象的な礼拝堂でした。
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こちらが祭壇です。
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祭壇上の天井画を拡大いたしました。入口部分の天井があるために、これ以上見ることが出来ないと思っていましたが、見ることが出来る場所がありました。
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その場所から撮った写真がこちらです。少し角度が違うのが判ってもらえるでしょうか。
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その場所は2階だったのです。こちらの大きなドアを入ると礼拝堂の内部を見ることが出来たのです。
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ここからは見事な天井画をみることが出来ました。
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2階から見た礼拝堂です。2階にあった王の特別席にはここから入ったのかもしれません。
フランスの君主制では王は神により選ばれ、その聖別式により王は神の「代理人」となるそうです。宮殿の礼拝堂の絵画や彫刻は、聖なる王の考えを、教会の外陣から王の座る祭壇にかけての一連のサイクルで描いているそうです。
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精一杯、見上げてみました。
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天井画の一枚を拡大してみました。
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祭壇上のパイプオルガンです。
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周囲にステンドグラスが配置された窓は洒落ていました。
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今回の礼拝堂が建てられる前の礼拝堂があったヘラクレスの間を紹介します。以前の礼拝堂は、この部屋の1階と2階部分を占めていたそうです。1710年に現在の礼拝堂が出来て、この国王の大居間が作られました。この新しい部屋を装飾するために、1712年に巨大なヴェロネーゼの「シモン家の宴」がかけられました。この絵は1570年にヴェネチアの セルヴィテス修道院の食堂にあったものだそうでが、1664年に総督がルイ14世に贈ったそうです。贈った目的は、対トルコへの支援を要請するためのものでした。太陽王の死により10年間中断されていたヘラクレスの間の工事は1736年まで続き、フランソワ・ルモワンヌがヴォールト(天井)の部分にヘラクレスの栄光を描いたそうです。
ヘラクレスの間は国王の居室の一つで、7つの連なった国王の居間の中の最大の居間でもあります。巨大な天井画と壁を飾る大きな絵画が印象的でした。
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ラベル:礼拝堂
posted by SORI at 06:49| Comment(37) | TrackBack(0) | ヴェルサイユ宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月06日

ヴェルサイユ宮殿

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただきます。
パリからのバスツアーのロアールの城めぐりを紹介しましたが、その前日にヴェルサイユ宮殿に行ったので、そのヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿は見どころがあったので連続20の記事をブラシュアップして掲載いたします。本記事が/20です。
ちなみにヴェルサイユ宮殿へは泊まったホテルの最寄駅から電車で往復いたしました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ市内からRER(パリ高速鉄道)でヴェルサイユ宮殿に到着するまでを、すでに紹介いたしました。いよいよヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。上の写真が歩いて来た方向、つまり東側から見たヴェルサイユ宮殿です。両サイドの手前に建物があるために王や王妃などが住んだ本館と言えるヴェルサイユ宮殿の全景を見ることは出来ません。

そこで航空写真でヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿の敷地(領地)内には見事な建物が沢山ありますが、王や王妃などが住んだのが紫色に着色した建物です。この建物は巨大でした。


ヴェルサイユ宮殿のすごいところは、宮殿だけでなく領地と呼ばれた敷地です。その領地と思われる部分を橙色(━━)で囲ってみました。着色した面積は10.8k㎡とWikipediaに書かれていた公式敷地面積1070 haとほぼ一致することから、着色範囲がヴェルサイユ宮殿の敷地に間違いないと思います。今回は他のマークの部分も見学したので後日紹介したいと思います。ただし1070haの敷地全体がヴェルサイユ宮殿なので、ヴェルサイユ宮殿の一部を紹介することになります。
  公式面積 10.7k㎡(1070ha)
  着色面積 10.8k㎡
  緩衝地域 94.7k㎡(9467ha) 
   ヴェルサイユ宮殿 紫色で囲った部分
   大トリアノン宮殿
   プティ・トリアノン離宮
   マリー・アントワネットが暮らした村里
   ランチを食べたレストラン La Flottille
  ━━ 庭園内で乗ったミニ・トレインのルート


最も遠くから見たヴェルサイユ宮殿です。偶然ですが2016年9月3日22時からテレビ東京で放送された「美の巨人たち」でマリー・アントワネットが取り上げられヴェルサイユ宮殿が出来来ていました。来週はセーヌ川だそうです。
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宮殿の両脇手前の建物が気になったので、上の写真と同じ位置から右側の建物をズームで撮りました。
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近づいて同じ建物を撮りました。
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同じ場所から左側の建物も撮りました。
この大きな建物の中に、後で紹介するチケット売り場があることを覚えておいてください。
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正面も撮りました。金色の門の奥がヴェルサイユ宮殿の有料敷地内となります。
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中央の小さな扉の中にチケット売り場があります。
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これがチケット売り場の入口です。初めての外国人にはなかなか分からないかもしれません。私は1度ヴェルサイユ宮殿を訪れたことがあるので迷わずチケット売り場に入りました。この建物の中にチケットを買うための行列が出来ているのです。初めての人はチケット売り場が分かりにくいけれども、雨が降っても傘が必要なし、見苦しい行列が見えないメリットはあります。
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そしてこれが、これがチケットです。La chambre de la Reineと書かれていることからチケットに使われている写真は王妃の寝室だと思われます。入場料は18€でした。

Aと書かれたところを左方向に進むと有料エリアの入口があります。その前に金色の門などを見てみました。
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入口を入ると安全検査場がありました。
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金色の柵を通しての宮殿も見事でした。
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柵の上の飾りです。
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こちらは門の上部の飾りです。
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外から見た金色の門の全景です。
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有料エリアに入って内側から見た金色の門です。
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門に近づいて写真を撮りました。
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振向くと宮殿正面でした。
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少し前に進みました。
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見事な建物なので正面以外の写真も紹介します。
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上の部分を拡大いたしました。
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左側も紹介します。
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再び正面です。
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見事な飾りです。建物の内部も紹介したいのですが、沢山の写真がまだ整理できていないので、本記事ではヴェルサイユ宮殿の外部だけの紹介となりました。
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今までの写真は宮殿の東側からの写真ばかりでしたが、西側(庭園側)からの写真を紹介します。建物が大きいので宮殿前の広場からでは全景は撮れませんでした。
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遠く庭園の方からの写真でヴェルサイユ宮殿の全景を紹介します。クリックすると特別に拡大するようにいたしました。
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地上からの写真や航空写真だけでは建物の外観が判りにくいのでGoogleマップの3Dの画像を紹介します。西方向から見た画像です。
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反対方向(東方向)から見た3Dです。
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348年前である1668年のヴェルサイユ宮殿の絵です。この状態から建物、噴水、礼拝堂、オペラ劇場が追加されて現在の形になったものと思われます。画像はWikipediaから転用させてもらいました。
 1624年        ルイ13世の狩猟の館として建てられる
 1661年~1665年 ル・ヴォーによる増築
 1667年~1670年 ル・ノートルによる造園
 1668年~      ル・ヴォーおよびマンサールによる増築
 1675年~1682年 セーヌ川にダムを築き噴水工事
 1699年~1710年 礼拝堂建設
 1753年~1770年 オペラ劇場建設
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posted by SORI at 20:01| Comment(51) | TrackBack(0) | ヴェルサイユ宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地下鉄とRERを乗継いでヴェルサイユ宮殿に行きました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただきます。
パリからのバスツアーのロアールの城めぐりを紹介しましたが、その前日にヴェルサイユ宮殿に行ったので、そのヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿は見どころがあったので連続20の記事をブラシュアップして掲載いたします。本記事が/20です。
ちなみにヴェルサイユ宮殿へは泊まったホテルの最寄駅から電車で往復いたしました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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今回のフランス旅行に関しては4日目までを47の記事で紹介いたしました。今日2016年9月1日から5日目の記事からを紹介したいと思います。5日目はヴェルサイユ宮殿に行きました。
 1日目 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 モンサンミッシェル
 3日目 モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 ロワールの城めぐり
 7日目 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他

今回の記事ではパリ市内中心からヴェルサイユ宮殿(ベルサイユ宮殿)へ電車での行き方を紹介したいと思います。先ずは泊まっていたホテルの最寄駅であるOpera駅(オペラ駅)から地下鉄8号線に乗ります。郊外電車であるRER(パリ高速鉄道)との乗換駅であるInvalides駅で地下鉄を降りて、連絡通路を歩いてRERのInvalides駅に行き緑色ラインのRERに乗ってヴェルサイユ宮殿の最寄駅であるVersailles Chateau RG駅に向かいます。Versailles Chateau RG駅は終点なので地下鉄からの乗換さえうまくいけば安心して確実に行ける方法だと思います。
━━ 地下鉄8号線     1.76km
━━ RER(パリ高速鉄道) 17.5km
  泊まったホテル Opera駅の近く
  Opera駅 / Invalides駅 / Versailles Chateau RG駅
  ヴェルサイユ宮殿
  大トリアノン宮殿
  マリー・アントワネットが暮らした村里


ホテルから地下鉄に乗る前に必ず見る風景です。見事な建物はオペラ駅の名前の由来となっているオペラ・ガルニエ(Palais Garnier)です。ガルニエ宮あるいはオペラ座と呼ばれるパリ国立オペラの公演会場の一つです。
 敷地 11,237m2 m2
 階数 6階建
 高さ 82m(屋上アポロン像の先端)
 着工 1862年7月21日
 竣工 1875年1月15日
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オペラ駅駅でゾーン4までの一日券(11.5?)を買いました。片道で6.5?なので往復だけで元が取れます。このチケットは地下鉄やRERなどパリ近郊の列車および電車がすべて乗り放題のチケットです。この日はパリに戻って来てからも地下鉄で使って計8回利用したのでかなり得になりました。非常に有効でした。

こちらが地下鉄8番線のOpera駅のホームです。パリの地下鉄はホームドアがある駅も結構ありますが、Opera駅にはありませんでした。表示版の中のM⑧の表示が地下鉄8号線のホームであることを表しておりBalardが終点駅を示しているので、ホーム入口にある路線図と組み合わせると乗る方向の間違いを防ぐことが出来ます。間違えるのを防止するうえでホーム入口にある路線図を確認することが一番大切です。昔のことではありますが、よく知らないときには何度も反対方向の電車に乗ってしまいました。
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電車を待っていると反対方向に行く電車が来たので撮りました。Operaの文字が判ってもらえると思います。
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我々はこちらの電車に乗りました。この路線は比較的古い車両が走っていました。
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乗換駅であるInvalides駅に着くと連絡通路を歩いてRER(パリ高速鉄道)のInvalides駅に向かいます。途中には写真の動く歩道ががありました。
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ヴェルサイユ宮殿に向かうRERのホームに着いてVersailles Chateau RG駅行きに乗ります。最初の電車がVersailles Chateau RG行きが4分後に来ます。Versailles Chateau RG行きは頻繁に走っていて4分後の次は12分後と28分後がありました。RERのC線であることが判ります。
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終点のVersailles Chateau RGがヴェルサイユ宮殿の最寄駅です。駅名の最後のRGは省略文字なので正式名はVersailles Chateau Rive Gaucheです。地図にはGare de Versailles Chateau Rive Gaucheと書かれていました。Gareは駅を表す言葉です。つまり地図の記載はVersailles Chateau Rive Gauche駅と言うことになるようです。
こちらの写真は6分前に着くときに撮った写真です。途中駅が全て書かれているので判りやすかったです。我々は終点ですが途中で降りる人にとっては判りやすいと思います。「QUAI A voie 2」と書かれています。Versailles Chateau RG駅は出発して11番目の駅であることも分かりました。
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すぐに電車が来たので乗りました。列車は2階建電車でした。
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最初はセーヌ川沿いを走りますがビルの中を進みました。RERの正式名はイル=ド=フランス地域圏急行鉄道網(Reseau express regional d'Ile-de-France)です。私のイメージではは郊外電車という感じなので、今までの記事の中の所々で郊外電車という表現を使いました。
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少し進むとすぐに窓の景色が変わってきました。
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きれいなデザインの車内でした。我々は2階席に座りました。
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小さな町をいくつか通り過ぎました。
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Versailles Chateau RG駅に到着いたしました。沢山の人がヴェルサイユ宮殿に向かっているのだと思います。
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これが我々が乗って来た列車の先頭です。RERはフランス国鉄(SNCF)が運営しているので、先頭にSNCFの文字が書かれていました。
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反対側から見ると二階建電車であることがよくわかってもらえると思います。
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ヨーロッパの鉄道では改札が無いのが普通ですが、こちらでは改札機が設置されていました。


こちらが駅舎です。不思議なことに駅舎の中に石像が見えました。写真をみて初めて気がつきました。撮るときに気がついていたらもっとしっかり撮ったと思います。
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本物の石像か大きな写真パネルかは判りません。クリックした拡大した写真ではパネルではなく本物の石像に見えます。左の写真は上の写真から切り取ったものです。
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街路樹の向こうにヴェルサイユ宮殿が見えてきました。
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進むと、少し大きく見えてきました。一番ワクワクする時間帯です。
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横断歩道を渡るとヴェルサイユ宮殿です。本記事ではここまでとし、ヴェルサイユ宮殿の内部に関しては別途報告させていただきます。フランス語のChateau de Versailles(約5,320,000件)に対して日本語ではヴェルサイユ宮殿と、ベルサイユ宮殿が使われるので検索数を調べてみました。
 "ヴェルサイユ宮殿" 約518,000件(2025年4月6日時) 約400,000件(旅行時)
 "ベルサイユ宮殿"  約325,000件(2025年4月6日時) 約311,000件(旅行時)
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posted by SORI at 04:36| Comment(40) | TrackBack(0) | ヴェルサイユ宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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