オーストリアの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はイランと米国の戦争で注目されているパキスタン関連の記事を19ブラシュアップして紹介します。本記事が19/19です。
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教訓
すでに「自分のホテルが火事」でご報告の通りパキスタンで深夜に泊まっていたホテルで火事に遭遇しました。そこでの経験で最大の教訓は煙やガスが予想以上にすごいことでした。このような状況では煙やガスを避けることに最大の努力を払うことが大切だと感じました。さらに強盗やテロに対する安全だけではなく防火設備の整ったホテルを選択することも大切だと実感させられました。記事の下の方に火事のオリジナルの報告は添付いたしました。
私は火事のあった4階に泊まっていましたが、知り合いは最上階の6階に泊まっていました。私は煙で火事を知ったけれど廊下は煙と熱気で逃げられない状況でした。逃げ道確保と煙から逃れるために私が、窓の外の小さなスペース(以降はベランダと呼びます。)への窓をこじ開けようとしている時に部屋の電話が鳴りました。やっとホテルの人からの電話かなと思い、急いで取ると6階の知り合いからの電話でした。彼はこの街の人から携帯電話に「お前の泊まっているホテルが火事だぞ」と伝えられて知ったそうです。その彼から「状況判っているか。俺は屋上へ逃げる。おまえは?」と伝えられました。私は「とても廊下からは逃げられないのでベランダに出て状況に応じてそこから下に降りる。」と答えました。下の写真のようにベランダの外側にはコンクリートの格子があるので、つたって下に降りれるのです。煙が多量に進入してきていたのでベランダや格子がなかったら難しい選択を迫られたと思います。

今回はパキスタンなのでテロに一番気を使って、このホテルを選択しました。なんといっても地元系のホテルなのでターゲットにされる可能性は少ないためです。その上に入口では車の検問があります。

空港のような安全検査もやっていました。安全には気を使ったつもりでしたが火事に関しては無防備のホテルでした。

反動
翌日、イスラマバードからラホールに移動しました。ラホールのホテルで気になったのが火災に対する防災です。ここは部屋にはちゃんとした火災検知器が付いていました。
スプリンクラーもついていました。

さらに、いざと言うときに逃げられるように2階にしてもらった結果、高級な部屋になってしまいました。大理石のバルコニーがあるのですぐに逃げれます。 泊まったのは立派な部屋だったので紹介します。

バルコニーからの写真です。

ベッドまで高級仕様でした。 3人が余裕で寝れる横幅の方が広いベットでした。 これは初めての経験でした。

浴室まで立派でした。ちょっと反動で気にしすぎたかもしれません。

オリジナル記事 タイトル:自分のホテルが火事

パキスタンのイスラマバードに来て最大の事件がこれです。 イスラマバードに到着して4日目の6月9日の深夜のことでした。 私にとって海外経験で最大の危機だったかも知れません。
ホテルの部屋で寝ている時に、煙たいのに気がつきました。 目を開けると天井が霞んでいました。 もしかしたら火事と直感! 時間は午後11時(日本時間 午前3時)ごろで、すぐに廊下を確認すると、ものすごい煙なので火事と判りました。 有毒ガスのような煙がすごすぎる上に、熱すぎて廊下からは逃げられる状態ではありませんでした。 いざとなったら窓から逃げる覚悟で部屋に戻りました。 しかし一番危険な煙が相当に部屋に入ってきたので、身の危険を感じて部屋にもいられないために、ついに窓の外の小さなスペース(人が行く場所ではないけれど以降はベランダと呼びます。)への窓をこじ開けて窓を乗り越えて避難しました。 開けるときに煙で見えないので窓の取っ手を無理やり壊して開けました。 火事がおさまってから冷静に見ると壊さなくても開けられる構造でした。
私は4階のRoom No.411 でベランダから見ると火事は同じ4階でした。 上の写真はベランダから撮った写真です。 良く見ると飛び降りなくてもコンクリートの格子をつたって降りれる構造でした。 この状態になって、とりあえず火事が大きくなっても逃げられると感じて、初めて冷静になれました。 それで息を止めて部屋に入ってカメラを取ってきてベランダに再度避難しました。
火もかなり出ていました。 このときは消防自動車はまだ来ていませんでしたが15分位してから放水が開始されなんとか沈火することが出来ました。 それから30分くらい経ってからすごい数の消防自動車が来ましたが、おそらく出火から一時間以上経っていました。 火が消えてから初めて非難誘導で一階に降りたわけです。

避難した時に状況をお客さんの一人が以下のように話してくれました。
火事はRoom No. 404だったそうです。 隣の部屋Room No.402に日本人の新婚さんが泊まっており窓から飛び降り( つたって降りる時に落ちたのか動転して飛び降りてしまったのか )て女性が怪我をしたと話してくれました。 これが事実であれば日本人が怪我をしたことから日本でもニュースになるかもしれません。 ネットで調べたけれどまったくありませんでした。 2時間経ってから部屋に戻してもらいましたがススだらけでした。 紙を置いていた部分は真っ白なのですごい煤だこと判ってもらえると思います。
とても寝れる状況でないので別の部屋へ変更してもらいました。

別の部分の床の状態です。

ホテル名はPearl Continental Hotel Rawalpindi Pakistanです。防火設備(スプリンクラーや火災報知機)を強化することを期待します。→ポチッ
火事のときの地上です。こちらを見ている人も沢山いました。

火元から炎が噴き出るが止まって、命の危険が去ったことを実感しました。
でも煙が、まだひどかったので部屋にはまだ戻れませんでした。 この位置に避難していたのです。
窓をこじ開けて窓を乗り越え行ける外の小さなスペースへのて避難していたところから格子の間から手だけを伸ばして撮った写真です。
冒頭の写真や2枚目の写真も同じように格子の間から手だけを伸ばして撮った写真です。
窓の取っ手を無理やり壊して行ける場所から撮った貴重な写真です。
部屋には外に出れるバルコニーが無く、装飾用の格子が窓の外にある構造のホテルだったのです。

私が泊まっていた4階の人は完全に鎮火して煙も亡くなってから、やっと避難誘導されて1階に下りました。 4階は火元なので、廊下が煙で充満していて逃げることが出来た人は少なかったようです。
降りると1階は避難した人たちや外から帰ってきた人たちでいっぱいでした。 やっと別の部屋は入れたのは3時過ぎでした。 一旦自分の部屋に戻って荷物をまとめて別の階の部屋に移動しました。

火事になる前に撮ってあった部屋の写真を紹介いたします。
火事のあとは白い部分は全て真黒になったことを想像してください。

ド派手な乗り合いタクシーで紹介した写真の背景に写っていた泊まったホテルでの出来事でした。
上で紹介の通り、私は4階のRoom No.411でした。 最上階は5階なので上から2つ目の階で写真の右端と旗の中間辺りなので飛び降りるのは厳しい位置でした。

建物全体の写真をネットから建物の写真を転用させていただきました。
泊まった部屋は4階のRoom No.411でした。 部屋のドアを出て階段やエレベターは左側にあったので、私の部屋は建物の中央より少し右側だったと思われます。




































