2026年01月16日

2026年 青菅の「どんどれえ」を見に行きました。

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こちらの写真は2026年1月14日(水曜日)の、火をつける前のどんど焼きの写真です。 千葉県佐倉市の青菅地区で江戸初期の420年前~322年前(川口氏知行)の間、つまり最低でも今から322年前から行われている「青菅のどんどれえ」と呼ばれるどんど焼き/左義長です。 この伝統行事は佐倉市の無形民俗文化財(指定番号63)にも指定(2007年6月29日)されています。 上の写真は当日の昼(15時)に様子を見るために行った時に撮りました。 短い時間でしたが見に来ている6人に会いました。
本記事はSeesaaブロクからのブラシュアップではなく、4つ目の新規記事です。 

こちらは、どんどれえ(どんど焼)が始まる10分前の17時49分の写真です。
周辺の人達が集まり始めていました。
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17時56分です。もうすぐ始まります。
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18時06分 青菅とんどれえが始まりました。 青菅地区の区長さんの挨拶から始まりました。
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区長さんの横に立っている女の子が、今年のどんどれいに火を着ける大役行うのです。
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点火時刻になりました。上で紹介された女の子が点火役です。
女の子を手伝っているのは青菅地区の区長さんです。
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火がついた瞬間です。
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上の写真の火がついた瞬間から2分後です。 晴れた日が続いて乾燥していたのだと思います。
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沢山の人が見守っていました。竹の先についているのは、どんどれえで焼くためのお餅です。どんどれえで焼いたお餅を食べると1年間元気に過ごせるそうです。
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今回は点火したのは1ケ所だけでしたが火はすぐに広がりました。
ただし反対側まではこの時点では広がっていません。
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かなりの熱さなので、皆さん遠くから見ています。
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火は上の方にも広がっていきました。
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撮った動画も紹介します。 カメラが周りの声を拾っているのでBGMを入れさせていただきました。
無限繰返しAutoplayに設定したので、音がうるさい場合はスピーカーマーク(M-27.gif)をクリック(M-27.gifM-27.gif)して消音するか、画面をクリックして停止してください。
最初から画面が停止している場合は、画面をクリックしていただくと動画が起動します。


9本の竹に伝って炎は上にも上がっていきました。
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9本の竹の周囲の8本が焼け落ちて中心の御神木(どうしんぼく)だけが残った状態です。8本の竹の先端の葉の部分には火はあまり移らないうちに焼け落ちたので以前紹介したような高い炎にはなりませんでした。この後すぐに、どうしんぼくの太い竹が燃え始めて倒れました。中央の竹の「ドウシンボク」の倒れた方角で一年の豊凶を占います。青菅側(南側/手前側)に倒れると青菅が豊作、先崎側(北側/向こう側) に倒れると先崎が豊作と言われています。 今回は南(手前側)に倒れました。
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9本の竹が立った根本です。つまり「どんどれえ塚」の頂部です。 ⑨の竹の地固めをしています。
竹を立てた順番を①→②→③→④→⑤→⑥→⑦→⑧→⑨で示しました。 中心の⑥の竹がドウシンボク(中心に立つ御神木)です。 画面をクリックすると文字が読みやすい画像を表示します。
 東面:①②③  北面:①④⑦  西面:⑦⑧⑨  南面:③⑤⑨
クリックすると拡大

ドウシンボク(御神木)が倒れていくまでの5枚の写真を紹介します。  
8本の竹は倒れて残ったドウシンボク(御神木)が、かろうじて立っています。
倒れ始める瞬間です。 時刻:18時23分28秒 (+0秒)
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ドウシンボク(御神木)が少し傾きました。 餅を棒で餅を焼いている人がいますが大部分の人は熱いので待っています。 右側の人はこの後、焼くのを諦めました。 時刻:18時23分32秒 (+4秒)
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ドウシンボク(御神木)が上向き45度まで倒れました。 時刻:18時23分33秒 (+5秒)
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ドウシンボク(御神木)が下向きになりました。 時刻:18時23分34秒 (+6秒)
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ドウシンボク(御神木)が完全に倒れました。 時刻:18時23分35秒 (+7秒)
この後燃えてしまいました。 
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倒れたドオシンボク(御神木)を拡大しました。
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いよいよ餅焼ですが、まだまだ炎の近くは熱いので、餅を焼きたい皆さんも遠巻きで待っています。
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一部の人は餅を焼き始めました。
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こちらの人も熱いので顔を背けて焼いています。
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餅を焼く人が増えてきましたが、まだまだ少数派です。
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いよいよ餅を焼く人が増えてきました。 全国の類似の行事の呼び名を並べてみました。
どんど焼き、とんど焼き、どんど、どんどん焼き、とんど(歳徳)、どんと焼き、どんと、とんど小正月、どんどっぴ、どんどや、とんどさん、どんどれえ、とうどうさん、左義長、火祭り、さいと焼き、おんべ焼き、鬼火焚き(おにびたき)、鬼火、おねび、ほっけんぎょう、ほうけんぎょう、ほんげんぎょう、御焚上(おたきあげ)、焼納祭(しょうのうさい)、あわんとり、おねっこ、おねび、おねび焼き、おねぶ焚き、おんべ焼き、御柴灯(おさいとう)、かあがり、かんじょ、さいと焼き、さぎっちょ、三九郎、しんめいさん、道祖神祭り、ほんやり、ほんやりさま、やははえろ、どんと祭、さいの神、才の神焼き、歳の神、塞の神、かんがり、かんがりや、さいと焼き、墨塗り(婿投げ・墨塗り)、ほうげんきょう、ほっけんぎょう、ほんげんぎょう、鬼火焚き(おにびたき、おねび)、サイノカミ、グロ、トンドウ
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見ている人は遠巻きです。
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火の勢いが落ちてきました。
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火も弱まってきたので、さらに多くの人が餅焼をはじめました。
Wikipediaに書かれていた千葉県佐倉市青菅の歴史を紹介します。
江戸期は、元禄11年(1698年)までは下総国葛飾郡青菅村で、その後は下総国印旛郡青菅村でした。慶長11年(1606年)から旗本川口氏領、元禄11年(1698年)から佐倉藩領となりました。その旗本川口氏領の時(1606年~1698年)に青菅のどんどれえ(どんど焼)が始まったとされています。つまり420年前~328年前の間に青菅のどんどれえが始まったことになります。下総国葛飾郡青菅村の時代です。
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Wikipediaの青菅村の記載の続きです。
江戸時代の青菅村の村高は、元禄郷帳 141石余、天保郷帳と旧高旧領ともに151石余で、元禄14年(1691年)差出しによれば、反別田14町余・畑屋敷4町余、家数26、馬29でした。
AIに「元禄時代の141石の価値」を聞いてみると705~3807万円答えでした。
さらにAIに「天保時代の151石の価値」を聞いてみると約151人の1年分の食料答えでした。その後何度か入力すると別の答えで安定してきました。
延享3年(1746年)明細帳によれば、村内に御林(藩有林)が8か所あったそうです。天保8年(1837年)の免状によれば、取米は58石余で、安政4年領分村高帳によれば、小物成として夫役永425文余・野銭永1貫60文・山銭鐚4貫738文が見えるそうです。(旧佐野家文書/千葉市史史料編2)
明治6年千葉県に所属し、神社は稲荷神社、寺院は真言宗正福寺・浄土宗称念寺(印旛郡誌)、明治6年(1873年)に千葉県に所属し、明治22年(1873年)に志津村の大字となりました。昭和29年(1954年)に佐倉市が発足して佐倉市青菅となりました。
まだまだ燃え続けるし、名残惜しいけれどもここで帰ることにしました。
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posted by SORI at 21:03| Comment(36) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月15日

2017年 青菅の「どんどれえ」 子供たちが沢山参加していました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
カザフスタンの記事を20の内12までブラシュアップして紹介しましたが、どんど焼きの季節になってきたのでカザフスタンの記事の掲載を中断してどんど焼き(どんどれえ)の記事を8つブラシュアップして掲載します。本記事が/9です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると動画を表示
千葉県佐倉市青菅地区には何度か紹介しているように1月14日におこなわれる「どんどれえ」と呼ばれている江戸の初期から続く「どんど焼き/左義長」が残っています。この「どんどれえ」を知ったのは2012年の「どんどれえ」が行われた後でした。2013年からは、2015年以外は毎年見に行っていました。そして今年は「どんどれえ」を作る作業である「竹立て」を初めて見学させてもらいました。竹立てが行われたのは2017年1月8日(日曜日)でした。すでに「竹立て」に関しては紹介させていただきました。本記事では2017年1月14日に行われた本番の「どんどれえ」の紹介をさせていただきます。
竹立ての記事はこちらです。 → ポチッ

クリックすると拡大こちらが2017年1月8日の「竹立て」で作られた「どんどれえ」です。
この写真は「竹立て」が行われた翌日に撮りに行ったものです。
9本の竹が立てられています。
上の写真は9本目を立てている瞬間の写真です。
明日2026年1月15日に2026年のどんどれえの記事を掲載予定です。
右の小さな写真が2026年のどんどれえです。

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「どんどれえ」の点火は1月14日の18時に行われるため17時43分に「どんどれえ広場」に到着いたしました。すでに周囲はカメラのセンサーが反応しないほど真暗闇でした。右の写真は露出調整したものです。1月14日は小正月(こしょうがつ)の前日で、日本各地では下記の年中行事が行われます。
クリックすると拡大 1月14日の年中行事
  左義長・どんと祭  どんど焼きを行う日
  十四日年越し   小正月(1月15日)の前日にあたる
  飾納・松納     正月飾りや門松を取り外す日
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今回は土曜日だったこともあり車が近くの道路には沢山駐車していました。近くの小学校の近くの駐車場にも車が停められていました。私が見学に来はじめてから一番多い気がしました。今まで土曜日と日曜日は無かったのです。ただし2018年は日曜日で、2019年は成人の日(祝日)です。
 2013年1月14日 月曜日 大雪の中のどんどれえ
 2014年1月14日 火曜日 どんどれえの様子を詳しく紹介
 2015年1月14日 水曜日 初めて餅を焼きました。
 2016年1月14日 木曜日 見に行けませんでした。
 2017年1月14日 土曜日 子供たちが沢山参加していました。 
 2018年1月14日 日曜日 来年の「どんどれえ」
 2019年:月曜日  2020年:火曜日  2021年:木曜日  2022年:金曜日
 2023年:土曜日  2024年:日曜日  2025年:火曜日  2026年:水曜日
 2027年:木曜日  2028年:金曜日  2029年:日曜日  2030年:月曜日
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耐火服を着た人や消防団の消防車も横に控えていました。
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すでに正月飾りなどが置かれていました。
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こちらで1人に1個、お餅が配られました。餅焼き用の竹も用意されていました。
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18時になると点火です。
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小学生と大人の2名が、たいまつ(松明)で点火しました。
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すぐに火が大きくなりました。
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この時は皆さんは比較的近くで見ていますが火が大きくなってくると熱いので遠くにはなります。餅を先端に付けた竹を皆さんもっています。
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反対側にも点火いたしました。
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火が大きくなるにつれて見学の輪が広がっていきます。
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火が積み上げられた雑木の上の部分まで上がりました。
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見学のわが広がっ来たのが判ってもらえると思います。
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少し離れて撮りました。火の粉が高く上がっているのが判ってもらえると思います。
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動画でも紹介します。点火すると一気に火が大きくなりました。 最後のころは仕込んだ竹が爆発する音も聞くことが出来ます。


見学の人の数も私の経験の中で一番多かったです。
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遠くからの動画を紹介します。竹の割れるが続きます。


クリックすると拡大ここで竹が倒れました。
中央の竹の「ドウシンボク」の倒れた方角で一年の豊凶を占います。
青菅側(南側)に倒れると青菅が豊作、先崎側(北側) に倒れると先崎が豊作と言われています。
今回は南側に倒れたので今年は青菅が豊作です。
暗くて分かりにくいけれども左下に葉のついた竹が倒れています。
倒れる前に、竹の先端の葉の部分に火が移ると右の写真(2015年1月14日撮影)のように炎が高く上がります。
今回は火が先端に移る前に倒れてしまったために右のような写真は撮れませんでしたが、それでもすごい迫力でした。
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炎はさらに大きくなりました。
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下の部分も燃え上がっています。
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完全に炎に包まれるときもありました。
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9本の竹が倒れた直後からの動画です。


竹が倒れてしばらくすると餅を焼く人が、餅を先端に刺した長い竹や木で餅を焼き始めますが、かなり輻射熱が強烈なので、まだ大人の男性の一部だけです。すごく長い竹が用意されていた理由が判りました。
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私も焼いてみました。手前から炎に向かって竹が延びているのが判ると思います。これが私の竹です。焼けたと思ったらすぐに離れました。
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焼けた私のお餅です。餅は先端の方が燃えました。どうやら前からの輻射熱が強烈なようで来年からは餅の刺す方向を変えてみます。竹は他の人に渡して撮影に専念いたしました。
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フラッシュを使うと餅がよく見えます。こちらの刺し方の方が片面ですが、餅全体が焼けそうです。
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フラッシュなしです。
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かなり熱いので焼けたらすぐに後ろに下がります。
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動画でも餅焼を紹介します。中盤から餅焼きが始まります。


まだまだ火は強いです。
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ワンちゃんも見に来ていました。
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少し離れててみました。
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さらに離れた景観です沢山の人が見学に来られているのが判ってもらえると思います。
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さらに遠くからの景色です。
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土曜日だったこともあり沢山の子供たちが来ていました。子供たちが近づけるほどの日の勢いになって来たようです。ここから子供たちを中心にほほえましい「どんどれえ」を紹介したいと思います。
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こちにも家族で餅焼きです。
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火が弱くなってきたと言えどもまだまだ火の勢いはありました。
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クリックすると拡大どんどれえの火で焼いたお餅を食べると一年間風邪をひかないそうです。
こちらの女性も2人の娘さんのお母さんで、この後、右の写真のように3人で一緒に餅を焼いていました。
右の写真は小さいけれどもクリックすると大きく拡大します。
実はこのお餅の焼き方は正式なやり方なのです。
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二股に分かれた栗の枝の先にお餅を刺して焼くのが正式のやり方だそうです。広い範囲の写真→ポチッ
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この時の炎の具合です。
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兄弟での餅焼きの記念写真もいい思い出になると思います。


驚くほど沢山の子供たちが見に来ていました。
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子供4人でお餅を焼いています。思い出になると思います。
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動画でも紹介します。今までに見に来た中で子供たちが一番多かったです。動画はインタビューの光景から始まります。


インタビューの光景です。取材をしているのは地元のテレビ局のケーブルネット296で、近いうちにこの「どんどれえ」が放送されると思います。
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こちらの子が、たいまつ(松明)で「どんどれえ」に点火しました。
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火が少し収まってきました。門松の「燃えちゃれ(=燃えさし)」を持ち帰り、門口にさすと、「盗難除け」「魔除け」になると言われます。
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弱まったと言えどもまだ火の勢いはありました。
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ほとんどの見学の人は帰られて、残っている人は僅かです。
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私が離れる時の火の状態です。見学の人はいなくなって、火が燃え尽きるまで見守の人だけが残っていました。
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家に帰ってさっそくお餅をいただきました。元々が柔らかいので、そのまま美味しくいただきました。
偶然ですが、配られるお餅は私の知り合いの方が当日についたものです。その方にどんどれえ塚の前で会ってもう一ついただきました。そちらは家で焼餅にして醤油と海苔をつけて食べました。
やっぱりつきたて美味しかったです。
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青菅どんどれえ塚の位置をGoogle地図で紹介します。
近くの道に車を停めることは可能ですが、土曜日曜など混むときは下記の地図の駐車可能場所()と記載した場所(広い空地)に車を停めることをお薦めします。
駐車可能場所()からどんどれえ塚()までは420mです。
    どんどれえ塚           千葉県佐倉市青菅69-2
    ユーカリゴルフプラザ駐車場  千葉県佐倉市先崎233
    駐車可能場所           千葉県佐倉市宮ノ台1丁目18-2
   M-25.gif バス停(佐倉市コミュニティーバス)  青菅バス停が最寄
 ━━ ユーカリが丘線中学校駅からの徒歩ルート 1400m
 ━━ ユーカリゴルフプラザからの徒歩ルート     740m


追伸
2017年1月22日は私の誕生日でした。JALとANAとBIGLOBEと任天堂さんからメールが届いて気が付きました。個人からメールが来ないのはちょっと寂しいですね。ただし神戸での飲み会のメールが2つ届きました。実は2月3日から10日まで関西です。下の写真はBIGLOBEさんからプレゼントされた壁紙です。オリジナルサイズは1920x1080ですが480x270に縮小して紹介しています。
クリックすると拡大
クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大
こちらはANAさん
クリックすると拡大クリックすると拡大
こちらはJALさん
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
こちらは任天堂さん
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posted by SORI at 20:18| Comment(50) | TrackBack(3) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月14日

2016年 「青菅のどんどれえ」 は1月14日18時点火

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
カザフスタンの記事を20の内12までブラシュアップして紹介しましたが、どんど焼きの季節になってきたのでカザフスタンの記事の掲載を中断してどんど焼き(どんどれえ)の記事を8つブラシュアップして掲載します。本記事が/9です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
今日、2026年1月14日18時から地元でどんど焼き「青菅のどんどれえ」が行われています。
毎年1月14日には千葉県佐倉市の無形民俗文化財にも指定されている青菅地区のどんど焼き「青菅のどんどれえ」が行われていて、2013年から欠かさずに見に行きました。 本記事は10年前の2016年1月14日のに掲載した記事として読んでいただくと分かりやすいと思います。クリックすると拡大
どんどれえは、どんどれえ塚に、「どうしんぼく」と呼ばれる1本の竹を立てて、それを中心にして9本の孟宗竹を立てて、どんどれえを作るそうですが、前々から、そのどんどれえを作るところの写真を撮りたいと思っていました。すでに遅いかもしれないと思いつつ、1月11日に見に行きました。
予想していたとは言え、近づいてがっかりでした。
すでに建て終わっていました。先週から見に来ておくべきでした。
どんどれえを建てることを「竹立て」と呼びます。参考に最近「竹立て」が行われた日をネットで調べてみました。その日が下記です。
着色文字をクリックすると竹立ての写真が掲載された記事を表示します。
 2009年 : 1月11日  2010年 : 1月10日
 2011年 : 1月09日  2012年 : 1月08日
 2013年 : 1月06日  2014年 : 1月05日
 2015年 : 1月11日  2016年 : 1月 ?日
確認できている範囲では竹立てはすべて日曜日に行われていることから、来年の2017年の竹立ての日としては1月8日の可能性が高いと予想しています。8時に初めて11時に終わるようです。したがって2016年の竹立ては1月10日に行われたような気がします。
非常に残念でしたが、どんどれえ当日の2015年1月14日は飲み会のために見に行けませんでした。
右上の燃えている写真は前年の2015年のどんどれえです。

どんどれえが行われる広場の一番遠いところから撮った写真です。
写真は2016年1月11日14時31分に撮りました。一般的には「どんど焼き」ですが、こちらでは江戸の初期から続く小正月の伝統行事で、この青菅地区では「どんどれえ」と呼ばれています。安永年間(1772年~1780年)から一度も欠かすことがなかった行事でもあるそうです。
クリックすると拡大

近づいて撮りました。ここで、1月14日の18時から盛大に「どんどれえ」が行われます。今までに掲載した記事を紹介します。興味のある方はポチッをクリックしてみてください。
 2013年1月14日 → ポチッ 大雪の中のどんどれえ    
 2014年1月14日 → ポチッ どんどれえの様子を詳しく紹介
 2015年1月14日 → ポチッ 初めて餅を焼きました。
クリックすると拡大

1月14日夕刻に行われるの理由は、この伝統行事が小正月の行事であり、小正月(こしょうがつ)は1月14日の日没から1月15日の日没までのためと思われます。ちなみに佐倉市の2016年1月14日の日没は16時48分で、日出は6時49分です。
爆竹のような音は、この竹が熱で爆発する音なのです。何層にもこの竹が仕込まれており迫力を伝えてくれます。
クリックすると拡大

破裂音を出すための竹を拡大いたしました。円筒は強いので節の部分の平らなところが破裂するのだと思います。この太さですから迫力が分かってもらえると思います。
クリックすると拡大

冒頭で説明の通り、今年の1月14日は東京の八丁堀で飲み会があるため「どんどれえ」を見に行けません。そのために、本番を紹介できないので2015年の写真を掲載させていただきました。興味のある方は是非とも佐倉市の青菅まで来ていただき本物を見てほしいです。


前年の2015年の動画も紹介します。
撮った動画を6本すべて連結させたので5分53秒の動画になってしまいました。


見に行かれる方のためにGoogleの航空写真で「青菅のどんどれえ」が行われた場所を紹介いたします。赤色マーク( )の場所です。航空写真でも拡大すると、はっきりと「どんどれえ塚」がわかります。
ちなみに が庚申塔で、が辻切りのある場所です。
  最寄駅 ユーカリが丘線 中学校駅 1.5km 徒歩18分
  徒歩  https://goo.gl/maps/K1muRYQUeyr 中学校駅からの経路
  電車  https://goo.gl/maps/oJRdfGrcbQo  京成船橋駅からの経路
  駐車  周辺の道は狭いので、少し離れた場所をお勧めします。
  住所  千葉県佐倉市青菅69-2


1月14日の佐倉市の天気予報の変化を追記していきます。
画像をクリックするとオリジナルページを表示します。
 1月11日19時44分時点の予報 曇時々晴 降水確率20% 4℃/11℃
 1月12日06時25分時点の予報 曇時々晴 降水確率20% 4℃/11℃
 1月12日12時30分時点の予報 曇時々晴 降水確率10% 3℃/11℃
 1月12日17時00分発表の予報 晴時々曇 降水確率10% 3℃/11℃
クリックすると佐倉市の天気予報
1月14日18時の佐倉市の天気予報の変化を追記していきます。画像をクリックすると0時からの予報を表示します。幸いにも当日は晴天になりそうです。
ただし、寒くなりそうなので暖かい服を着ていくことをお勧めします。
今朝の気温はマイナス3℃でしたが日中は11℃まであがり、どんどれえが始まる18時には4~5℃に下がりそうです。
 1月13日02時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日04時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日06時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日08時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日10時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日12時発表の予報 晴れ 5℃ 60% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日14時発表の予報 晴れ 4℃ 64% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日16時発表の予報 晴れ 4℃ 64% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日18時発表の予報 晴れ 4℃ 64% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月13日20時発表の予報 晴れ 4℃ 62% 降水量0mm/h 風速0m/s
 1月13日22時発表の予報 晴れ 4℃ 62% 降水量0mm/h 風速0m/s
 1月14日00時発表の予報 晴れ 4℃ 62% 降水量0mm/h 風速0m/s
 1月14日02時発表の予報 晴れ 5℃ 62% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日04時発表の予報 晴れ 5℃ 62% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日06時発表の予報 晴れ 5℃ 62% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日08時発表の予報 晴れ 5℃ 58% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日10時発表の予報 晴れ 5℃ 58% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日12時発表の予報 晴れ 5℃ 58% 降水量0mm/h 風速1m/s
 1月14日14時発表の予報 晴れ 6℃ 52% 降水量0mm/h 風速1m/s
クリックすると全体表示

2016年1月14日の10時に正月飾りと辻切り(小辻 / 藁の蛇)を、どんどれえ塚に持って行って写真を撮りました。見ての通り快晴で夕方まで好天が続く雰囲気で、絶好のどんどれえ日和でした。
クリックすると拡大

持って行った我が家の2016年の正月飾りと、藁の蛇の小辻です。
クリックすると拡大

どんどれえ広場の雰囲気を紹介したいので動画も撮りました。
周囲360度の景観が判っていただけると思います。
こちらも2016年1月14日10時ごろの映像です。
posted by SORI at 06:58| Comment(48) | TrackBack(2) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月13日

2015年 青菅のどんどれえ 初めて餅を焼きました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
カザフスタンの記事を20の内12までブラシュアップして紹介しましたが、どんど焼きの季節になってきたのでカザフスタンの記事の掲載を中断してどんど焼き(どんどれえ)の記事を8つブラシュアップして掲載します。本記事が/9です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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明日2026年1月14日は、前記事で紹介したように千葉県佐倉市青菅地区のクリックすると拡大どんど焼き「青菅のどんどれえ」が行われます。
そこで2015年の青菅のどんどれえの記事を紹介したいと思います。
佐倉市青菅地区では曜日に関係なく毎年1月14日にどんど焼き「青菅のどんどれえ」が行われています。 2015年も1月14日に「青菅のどんどれえ」が行われました。火が下火になった頃に、木の枝に刺した餅を、火にかざして焼き、その場で食べると、一年間風邪を引くことがないと言われています。
2013年から「どんどれえ」を見に来ましたが、木の枝が無かったことから、焼いて食べることが出来ませんでした。地区の人のご厚意により、餅はいただけるので今年は、木の枝を用意して焼いて食べることにいたしました。
今回は餅焼きを中心に「青菅のどんどれえ」を紹介したいと思います。
下のポチッをクリックすると記事を紹介いたします。 右下の写真は2026年1月11日に立てられ、14日に燃やされる「青菅どんどれえ」です。クリックすると拡大
 2013年 → ポチッ 大雪の中のどんどれえ    
 2014年 → ポチッ どんどれえの様子を詳しく紹介
 2015年 → ポチッ 初めて餅を焼きました。
 2016年 → ポチッ 2016年の'青菅のどんどれえ'は1月14日18時点火
2026年1月12日の写真 クリックすると特別に大きく拡大→

ここから下がは全て2015年の記事です。青菅のどんどれえは9本の高い竹が特徴です。下から見上げてみました。この江戸時代初期から続く伝統行事は佐倉市の無形民俗文化財にも指定されています。
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上の写真は南側から撮ったものですが、周囲の雰囲気を紹介したいので北側に広がる田んぼから撮った写真も掲載いたします。
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正月飾りと辻切りの小辻を、どんどれえで焼いてもらうことにしました。


どんどれえ塚に置いた我が家の正月飾りと小辻です。
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餅を焼く棒を用意いたしました。 この写真のように先端を尖らせています。 偶々、雑木林で手に入れた枯れ木の枝が3つに分かれていたので3個の餅を焼くことが出来ます。
本来は枝が二股に分かれた栗の木を使います。


嬉しいことに餅を用意していただいていました。


驚いたことに、今年は餅を焼く棒を用意していただいていました。


棒を用意していただいていましたが、やはり持っていたった自分たちの棒を使うことにいたしました。
このように頂いた餅を突き刺しました。 この写真には餅は2個しか刺していませんが、実際には3個刺して焼きました。 もちが刺されていない尖った部分に3個目を刺して焼きました。
5枚後ろの写真を見てもらうと分かると思います。 最後から3枚目の写真でもわかると思います。 


いよいよ点火です。お神酒をかけた後に火が着けられました。
3人の内、2人は小学生です。この時、18時でした。


火はすぐに大きくなりました。
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上の方にも火が回りました。大きな竹の割れる音が響き渡ります。
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全体の姿です。


炎の手前のシルエットが我々の餅です。 3つの餅で判ります。


遠くから撮ると炎と火の粉が高く上がっていることが判ってもらえると思います。
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迫力を感じてもらうために縦長の写真も掲載いたしました。
写真をクリックするとさらに大きな迫力の写真を表示します。


動画で見てもらうと周囲の雰囲気を感じていただけると思います。
竹が割れる音も確認できると思います。


火の勢いがあるので遠巻きにしてみています。
餅を先端につけた棒を持って火の勢いが落ちるのを待っています。
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別の角度からの動画でも紹介します。


まだ火の勢いがあるけれども餅焼きが始まりました。


長い棒が必要なことが判ってもらえると思います。


このように、餅だけでなく松の枝を焼いている人もいました。家の門松を焼いているのだと思います。門松の「燃えちゃれ(=燃えさし)」を持ち帰り、門口にさすと、「盗難除け」「魔除け」になると言われます。自分の門松ではなく燃え残りでもいいのですが、門松の燃え残りを確実に持ち帰るアイデアだと思います。


一番手前の女性は赤ちゃんを抱っこして餅を焼いています。
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この時点では火の勢いが収まるのを待っている人の方が多かったです。
火の粉が沢山落ちてくるのが判ってもらえると思います。 黄色い線のように見えるのが火の粉です。


この時点で、私も餅を焼き始めました。


これが焼きあがった餅です。 火が強いので焦げています。
一番上の餅は、その場で2つに分けて食べました。 焼いたその場で食べるのが意味があるそうです。
残りの2個はぜんざいにするつもりで持ち帰りました。
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これが持ち帰った餅です。 片面しか焼けていないので反対側をオーブントースターで焼きました。
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これが作ったぜんざいです。
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よく焦げた方の餅を入れたぜんざいです。香ばしくて美味しかったです。
これで一年、風邪をひかないですごれるかもしれません。
2015年1月15日の早朝から海外(中国)に行きます。帰国は1月23日の予定です。フライトは成田9時35分発の上海行きなので家を7時ごろに出発する予定です。


追伸
明日2026年1月14日の青菅どんどれえ(青菅どんど焼き)は晴れのようです。 開始は18:00です。

posted by SORI at 17:12| Comment(54) | TrackBack(4) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月12日

2026年 青菅どんどれえの「竹たて」

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千葉県佐倉市の青菅地区ではIMG_6918-420.JPG毎年1月14日に江戸初期から続く「どんど焼(青菅どんどれえ)」が行われています。 その準備(竹たて)が1月14日の直前の日曜日行われていることから2026年1月11日に見に行ってみました。 ただし、竹たてのことに気が付いたのが遅かったので、すでに、ここに着いたのは11時20分になっていました。 上の写真が最寄りのバス停です。右の時刻表をクリックすると拡大します。
今回の記事がSeesaaでの新規掲載 3つ目です。IMG_6918-420.JPG
2026年1月14日のどんどれえの記事はこちら→ポチッ

こちらが佐倉市コミュニティーバスです。
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バス停から、どんどれえ塚に向かう、この細い道を進みました。
竹たてのためのトラックや重機や軽トラもこの道から入ります。 バス道から見た道の入口のSV→ポチッ
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林の中の細い道を抜けると竹たてを行っている場所に出ました。
作業をする方たちの軽トラが沢山ありました。
すでに、ほぼ竹たてが出来上がっている感じでした。
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近づくと徐々に見えてきました。
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木の枝などを積み上げる最後の段階でした。
詳しい竹たての手順は2017年の記事を見てください。→ポチッ
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この部分が最後の部分です。
家内に電話して、どんどれえの「竹たて」をしていることを伝えたところ、見に来るとのことでした。
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せっかくなので遠くからの写真を足るために田んぼが広がる北側の遠くを半周してみました。こちらが北側を流れる小竹川(こたけがわ)です。源流は水が湧き出している加賀清水で、手繰川と合流して印旛沼に流れて行っています。 近くの地名に小竹がありますがそちらは「おだけ」と呼びます。
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北東方向から見たどんどれえ塚です。
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歩いている途中で鳥にも出会いました。
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遠くの人家の辺りから撮りました。
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北正面に来た頃に、作業をされていた人が帰り始めました。完成したようです。
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車も出て行って、完全に人もいなくなりました。
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どんどれえに戻ってきました。家内も合流しました。
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これが完成したしたどんどれえです。 2026年1月14日18時00分に火がつけられます。
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どんど焼で焚けるものが書かれていました。正月飾・松飾・お札・〆縄です。
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家内も合流したので、もう少し散歩を続けようと近くにある佐倉ラベンダーランドに行くことにしました。
画面内には写っていませんが、写真の少し右側にどんどれえがあります。左方向に進むと佐倉ラベンダーランドがあります。田んぼに不思議な模様があったので写真を撮りました。
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佐倉ラベンダーランドに着いてラベンダーソフトクリームをいただきました。
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このバルコニーでラベンダーソフトクリームをいただきました。ここで飲み物を飲んでから、どんどれえに行くのもいいかもしれませんが、残念ながら定休日は水曜日のため、どんどれえの日は休みでした。
  営業時間 10時~16時
  定休日   毎週水曜日
  オープン  2021年6月5日
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メニューも紹介します。 私はラベンダーソフトクリーム(Lavender Ice Cream Cone)を注文して、家内はコーヒー(Coffee)を注文しました。 コーヒーは豆を挽くところからするので時間は少しかかります。
クリックすると拡大食事類はありませんが、右の小さなメニューの写真をクリックして拡大すると分かるように、隣のユーカリゴルフプラザ(ゴルフ練習場)のレストラン(ランチ11:30~14:00)で日替わりランチ、カレー、うどん、そば、ラーメンを食べることが出来ます。
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Googleマップのストリートビュー(SV)です。 2025年7月に撮影されたようです。


ラベンダーが植えられているあたりを紹介します。
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いい雰囲気でした。
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翌日の2026年1月12日にも、どんどれえ塚写真をの写真を撮りに行きました。
おかげで、雲のない快晴でのどんどれえ塚の写真を撮ることが出来ました。
すでに正月飾・松飾・お札・〆縄などが置かれていました。
本写真をクリックすると特別に大きく面積で16倍に拡大するように設定しました。
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どんどれえ塚()から東(右)780mに佐倉ラベンダーランドがあります。 M-25.gif は青菅バス亭です。


緑豊かな頃(撮影:2025年7月)の、小竹川に掛かる先崎橋から見たIMG_6718-1230-26.JPG青菅どんどれえ塚方向のストリートビュー(SV)です。
植物に覆われていて確認できませんが中央あたりに青菅どんどれえ塚があります。
一番手前の田んぼ区画に右の写真の渦巻状の掘り起こし跡がありました。


追伸(2026年1月13日)
青菅どんどれえ(青菅どんど焼き)の当日2026年1月14日は晴れのようです。 開始は18:00です。

posted by SORI at 18:28| Comment(23) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月11日

2014年 1月14日は青菅のどんどれえ

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
カザフスタンの記事を20の内12までブラシュアップして紹介しましたが、どんど焼きの季節になってきたのでカザフスタンの記事の掲載を中断してどんど焼き(どんどれえ)の記事を8つブラシュアップして掲載します。本記事が/9です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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毎年1月14日に、千葉県佐倉市青菅地区では正月飾りなどを燃やす「どんど焼き」が行われています。江戸の初期から続く小正月の伝統行事ですが、この青菅地区では「どんどれえ」と呼ばれています。規模が大きく一般には「青菅のどんどれえ」と呼ばれています。わが家からは歩いて10分くらいの距離なので昨年初めて見に行きましたが吹雪のような大雪と強風で本来の「青菅のどんどれえ」ではなかったと聞きましたので、今年2014年は是非とも見に行くつもりでした、天気も良く見事な「青菅のどんどれえ」を見ることが出来ました。中々の伝統行事であったことから紹介いたします。
   2013年の青菅のどんどれえ → ポチッ

「どんどれえ」の全景は夜は見えないので昼の間に撮った「どんどれえ」の写真を紹介します。元々は「どんどれえ塚」を建てるところを撮りたかったのですが2014年1月11日に見に来た時にはすでに、この写真の状態でした。「どんどれえ塚」は「ドウシンボク」と呼ばれる1本の竹を中心に、9本の孟宗竹を直立に立てて作られるそうです。
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どんどれえ塚には太い竹を切ったものが組み込まれています。これが爆発すると、どんという音するから、どんどれえの名前になったようです。これはかなりの迫力でした。これが本当の爆竹なのでしょう。
一般には、「どんど焼き」と言われるこの行事ですが、青菅の「どんど焼き」が「どんどれえ」と呼ばれる理由をネットで調べてみると、この竹が破裂する音にあるそうです。称念寺の先代の御住職・小島令考氏(故)によって記されたものに爆竹の「どんど」に「払い」が訛って「はれえ」となった語が続き、「どんどはれえ」が「どんどれえ」となったもので、言葉の意味としては、「爆竹の大きな音で、悪魔払いをする」そうです。この「どんどれえ」の呼び名に悪魔払いの意味が含まれているようでした。
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わが家から持ってきた今日月飾りも燃やしてもらうために置きました。この大小の2つの正月飾りが我が家から持ってきたものです。


Googleの航空写真で「青菅のどんどれえ」が行われた場所を紹介いたします。
航空写真でもはっきりと「どんどれえ塚」がわかります。
赤色マーク( )の場所です。

より大きな地図で 青菅のどんどれえ塚 を表示
毎年18時きっかりに点火するそうなので家を17時30分に出発して、どんどれえ塚に17時40分に到着いたしました。ここからは時間の順番に写真を紹介いたします。
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お願いの表示があったので、初めての方のために紹介いたします。ダルマ、人形、ゴム製品、ゴミはだめです。門松、注連縄、お札などを持ってきて焼いてください。


18時が近づいてきたので、どんどれえ塚に、お神酒をかけていました。これが最初の行事でした。


18時にお孫さんと思われる小さな子供さんと二人で火を着けます。灯油を湿らせた松明に火を着けました。青菅のどんどれえは2007年6月に市指定無形民俗文化財になりました。
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どんどれえ塚に点火です。
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点火は2人だけで行ないます。塚の周りを回りながら周囲に火を着けます。
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火はすぐに大きくなっていきます。
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点火して2分で、火はこの勢いになりました。大雪だった前年とは大違いでした。
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この時は見ている方は比較的近い位置で火が大きくなっていくのをみまもられていましたが、火がさらに大きくなってくると遠くに離れました。皆さんが持っているのは先端に餅が付けられた竹や木の棒です。
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高く積み上げられた部分に火が上って行きました。
お餅を長い竹の先に付けてを焼く準備をしている方が左側に沢山写っています。
クリックすると拡大1

遠くから撮った写真です。
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クリックすると拡大火の近くの人は減ってきました。皆さん熱いので遠くに離れたのです。
ちょうどこのころが冒頭の写真の時間で、18時3分でした。
つまり火を着けて3分でここまで火が大きくなるのです。
以前は1月14日に小正月の行事として男の子を中心として行われていましたが、現在では区の行事として大人とともに行われています。
そんな伝統があることから子供さんが火を着けていたのだと思います。
周囲から燃え上がった火が、中央の竹の「ドウシンボク」に移り地面に倒れると、その倒れた方角で一年の豊凶を占います。
火が下火になった頃に、ザンマタ(二股)の栗の枝に一個ずつ餅を刺し、焼いて食べると一年間風邪を引くことがないと言われています。また、門松の燃えさしを、家の門口に立てて盗難除け、魔除けとするそうです。
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火の粉も舞い始めました。これから炎が最も迫力を増してくる時期になってきます。この時が18時4分です。火を着けて、たった4分しかたっていないのです。
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木の枝や竹が積み上げられた部分が本格的に燃え上がり始めました。
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炎に包まれました。この後、迫力のある竹が破裂する音が続きました。
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爆竹の音を紹介したくて動画を掲載いたしました。動画のプレーボタンをクリックしてもらうと竹が破裂する音を聞くことが出来ます。爆竹の「どんど」という大きな音で悪魔を祓う意味があるようです。


火の粉もさらに舞い上がる勢いを増しました。
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こちらの動画でも竹の破裂音を聞くことが出来ます。


高く立てられていた竹が焼けて倒れ始めました。
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迫力の炎の伝統行事です。
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満月が出ていたので満月と青菅どんどれえのツーショットも掲載いたします。
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竹はすべて焼け落ちました。この時、18時11分でした。
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遠巻きに皆さんは見ておられました。


餅を焼くために竹の先に大きな餅を刺して待っておられました。皆さんつきたてのお餅で焼かなくても食べれるほど柔らかな餅ばかりでした。


二股の栗の木の枝に餅を刺して焼くのが正式な焼き方だそうです。簡単には長い栗の枝は手に入らないためか、ほとんどの方が竹を使われていました。写真をクリックすると広い範囲を表示します。


360度を紹介する動画です。全体の雰囲気が判ってもらえると思います。


まだ火が大きいことが判ってもらえると思います。皆さん、餅を焼くために近づくことが出来るまで火が弱まるのを待っているのです。


心なしか、炎が小さくなってきました。
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炎は、まだ強いけれども餅焼きが始まりました。焼いた餅を食べると一年間、風邪を引かずに健康に過ごせるそうです。


完全に焼かなくても炙る程度でよいと話されていました。何しろ熱いので餅が焼けるほど近くに居続けるのは大変なのだと思います。


沢山のお餅が焼かれ始めました。


地元のテレビ局の人が「青菅のどんどれえ」を取材に来られていました。女性のキャスターの方が小さな子供さんにインタビューをしているところを撮っているところです。放送は2月16日(日曜)の朝の番組だそうです。静止画だと完全防寒の小さな男の子が判りにくいので簡易動画にいたしました。手に持っている餅の動きでインタビューを受けている青い服の男の子が、わかってもらえると思います。
クリックすると拡大するので判りやすいと思います。


まだ火の勢いが結構あることを紹介したいので、この写真を掲載いたしました。


テレビ局の方も餅焼きの光景を撮られていました。
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偶然照明が当たった写真が撮れたので掲載いたしました。決死の覚悟で餅を焼いているのが判ってもらえると思います。この時、18時26分でした。19時に近くなると比較的楽に焼くことが出来ます。見学に来られた方は、つきたてのお餅を一つもらえるので、家内は竹を貸してもらい焼きました。それを、その場で食べたので今年は風邪を引かないと思います。
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餅を焼いている場面の動画です。


少し炎が小さくなってきました。
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短時間なら、餅を焼くところを近くで撮ることが出来るくらいの熱さになってきました。
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でも時々、崩れて炎が大きくなることもありました。
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皆さんが餅を焼き終わったのが19時53分でした。火がおさまると地元の消防団の方が水をかけるということなので、我々も家に引き上げました。
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翌日の早朝にワンコの散歩を兼ねて来てみると、どんどれえ塚はきれいに燃え尽きていました。中心の「ドウシンボク」が確認できました。青菅区自治会の方、ならびに消防団の方、ありがとうございました。遅くまでお疲れ様でした。
 So-net内の「どんど焼き」の記事→1週間 6ケ月 1年 無制限 どんどれえ
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千葉県佐倉市青菅地区で米の生産・販売IMG_8129-50.jpgされている方のホームページ「らいすぼうい」の中に「青菅のどんどれえ」に関する詳しい説明があったので、そのまま枠内に転記する形で紹介いたします。ホームページの会社も紹介します。
 【会社名】   有限会社 らいすぼうい
 【代表者】   三門 増雄
 【所在地】   千葉県佐倉市青菅272
 【電話番号】  043-487-6965
 【特徴】     あいがも農法 冬みず田んぼ
青菅の「どんどれえ」
青菅(あおすげ)の「どんどれえ」は、千葉県佐倉市青菅で行われる小正月の行事です。江戸時代初期にこの地を知行した旗本川口氏の頃に始まったと伝えられています。市内でも数少なくなった民俗行事です。
1月14日の夕方に、正月の門松やしめ縄を「どんどれえ塚」と呼ばれる場所に一か所に集め、高く積み上げて焼きます。以前は、14日に小正月の行事として男の子を中心として行われていましたが、現在では地区の行事として大人とともに行われています。
この青菅の「どんどれえ」について、佐倉市文化財審議会委員の長さんが、昭和60年代当時、お年寄りから聞いて書き留めたもの、またご自身で調査された結果をまとめた貴重な資料がありますので、それをもとに詳しく紹介したいと思います。

◆ なぜ、「どんどれえ」?
一般には、「どんど焼き」と言われるこの行事、どうして「どんどれえ」と言うのでしょう。称念寺の先代の御住職・(故)小島令考氏によって記されたものによると、爆竹の「どんど」に「払い」が訛って「はれえ」となった語が続き、「どんどはれえ」が「どんどれえ」となったもので、言葉の意味としては、「爆竹の大きな音で、悪魔払いをする」とあります。実はこの名称は、この行事の本質を最も端的に表している言葉だったのです。

◆ 九本のご神木
青菅の「どんどれえ」では、「どんどれえ塚」に、「どうしんぼく」と呼ばれる 1本の竹を中心に、9本の孟宗竹を直立に立てて火をつけます。その一本一本は上部に枝葉を残してあとはきれいにとってしまいます。これは、神様の依り代(よりしろ)を表しています。依り代とは、神様が降りてこられる所のことです。真ん中に立てる竹を「どうしんぼく」と言いますが、「中心にある神木」の意味です。
全国のどんど焼きや左義長では、割合多くのところで一年12ヶ月を表す12本の竹を立て、うるう年には、1本多く立てています。つまり、月々の悪魔払いをして一年の無病息災・五穀豊穣を祈願しているのです。他に36本というのもあり、これは12ヶ月と24節気を合わせた数だそうです。つまり、この行事は、暦数や天体、吉凶を占うことと深く関連があります。
青菅の場合の「9」という数についてですが、「九曜」ととらえられています。九曜に対する信仰は日本では平安時代にさかのぼります。「七曜」とは、「日・月・火・水・木・金・土」のことで、「九曜」はこれに「羅ゴウ(漢字は目へんに侯)・計都」という想像上の星を加えたものです。

◆「どんどれえ」の歴史
小島令考氏によって記されたものによると、その歴史は、青菅に旗本の川口氏がおかれた江戸時代初期にさかのぼるようです。初期の「どんどれえ」は、「小陣屋口の全戸がクズ束を持ち寄り夕暮れに点火したと伝わる」と記されています。つまり、この行事の始まりは、陣屋口からということになります。
(『佐倉市史』には、青菅は慶長 11年(1606年)から元禄11年(1698年)8月までの約93年間、徳川幕府の直轄地で、川口宗勝・宗信・宗次・宗恒の四代にわたる知行地(治めた所)であり、四代目の宗恒が出た後に、佐倉藩領になった事が記されています。この時、数人の家臣がとどまり、後に「陣屋口五姓」「郷口二姓」と言われるようになったようです。)
明治時代中ごろには、すでに子供の行事としてほぼ現在と同規模になっており、大正時代末ころまでに辺田の子供たちの参加も自由になったようです。戦時中、米軍機が飛来した数年間も日没前にごくささやかに行われ、戦後次第にかつての盛大さを取り戻していったと記されています。記録で見る限り、この行事を行わなかった年がないということになります。
 
◆昔の「どんどれえ」の様子
青菅には、幕府時代から、火災予防のため薪(たきぎ)置き場の共有地があり、そこに「木小屋(きごや)」がありました。今は電気やガス・石油など使い便利になりましたが、以前はカマドや風呂焚きなどに使う一年分の燃料(クズ)を集めるために、冬場の作業として山の中に入りました。燃料は、山林の下枝や下草で、これを刈って束ねたものを木小屋に蓄えたのです。木小屋は、通称「出土」に十数棟、「大和田台」に数棟ありました。子供たちは一軒につきクズを二束ずつもらい、荷車で「どんどれえ塚」まで運びました。(もっと前は、三束ずつ集めたようです)
子供たちは、正月三日から「どんどれえ」の孟宗竹9本分の穴掘りを始めました。周辺の竹林から孟宗竹を切り出し、一本を4~5人で運び、9つの穴に立てました。竹の間にクズ束を積み上げてその上に2人の子供が上がり、竹2本をレールにしてさらに下からクズ束を引き上げて重ねていき、最後に各家から集めた門松などを頂上に積み上げます。「どうしんぼく」に青菅側に倒すための引き綱が結ばれてこれで完成です。

14日当日、午前中にそれぞれの家で新年最初の餅つきをします。前日までに適当な大きさの栗の木を準備しておきますが、14日この木を家の大黒柱に結わえます。ついたお餅は丸餅にして12個を枝にさしたり戸主の年齢の数だけさしたりします。12個というのは、一年12ヶ月が実りある年でありますようにということなのです。これを「成り木」といい、このお餅を「成らせ餅」といいます。栗の木は、一年間繰り回しが良いようにと祈念して使われます。この時に、「どんどれえ」で焼くお餅を、また焼くときに使う長さ2~3mで先が二股に分かれた栗の木の枝も準備します。
夜6時、最上級生の男の子により点火され、炎が上空に上がると子供たちは「どうしんぼく」を青菅側に倒そうと懸命になったようです。一年の吉凶を占っているのです。青菅側に倒れると青菅が豊作、先崎側に倒れると先崎が豊作と言われています。その年一年、豊作でありますようにという祈りがこめられています。

◆無病息災・五穀豊穣を祈願
火が下火になった頃に、ザンマタ(二股)の栗の枝に一個ずつ餅を刺し、この火にかざして焼きその場で食べますが、これで、一年間風邪を引くことがないと言われています。また、門松の「燃えちゃれ(=燃えさし)」をいただいて帰り、門口にさします。こうすると、「盗難除け」「魔除け」になると言われます。また他にも、「どんどれえ」を行えば火災は起こらない、正月の焚き火は「どんどれえ」前にはやらない、正月にとった燃料は、「どんどれえ」前には燃やさない(これを犯せば火事になると信じていた)、などの言い伝えがあります。

「青菅には心から誇れる歴史も伝統行事もございます。一つの行事が、長く続いて来たということには、やはりそれなりの確かな意味を伴っております。その意味を知ってこそ、行事にたずさわる意欲そして大きな喜び、さらに郷土への誇りも湧いてくるのではないでしょうか。」と、佐倉市文化財審議会委員の長さんは、最後をこう結んでいます。
古くから青菅にある家から、小学校に通う子供は非常に少なくなってしまいましたが、今は大人が中心になって、現在もこの伝統行事を続けています。

青菅村の歴史  
印旛沼に注ぐ青菅川の北に先崎村、南に青菅村と相対している。
・慶長十一年(1606年)以来、旗本川口宗勝領で印旛・葛飾両郡で領した二千五百石のうちの一部(宗勝は初め織田信長に任う)。
・承応二年(1653年)葛西郡青菅村田畑改帳を集計すると、田畑屋敷合わせて一町歩以上が六名、八反部以下四名(当時の佐倉領内の地村と比べて富裕である)
・元禄十一年(1698年)、治世4代で宗勝は采地が香取郡に移される。その跡は佐倉城主戸田忠昌の領となり、初めて地名に印旛郡を冠した。
・元禄十四年(1701年)、佐倉領となったのを機に、城主戸田忠昌の役所に差し出した「青菅村差出シ帳」に、「村高百四十一石六百九十五、田方十四町四反三畝二十歩、畑屋敷合四町三反一畝十五歩、御林八ヶ所」(この内訳を延享三年(1746年)、掘田城主に看わした青菅村明細帳より摘記すると「御林八町八反二畝・御塚村三町四畝・木ノ宮林二町四反五畝・西山林四反六畝・向原林三町二反六畝・別所林七反・稲荷林一町五反一畝・妙見林一反九畝」)で藩有林となった面積、争数が多いのが注目される。なお延亨三年の差出シでは他に馬数二十九疋、家数二十六軒(内、本百姓二十二軒、水呑四軒)となっている。
・天保三年(1832年)の免定(割付)では村高百四十五石七十三、納合米五十八石二百三十二、永一貫八百九十一文(野銭)、鐚四貫十三文(山銭)。寺社では浄土宗鎮西派称念寺(天正五年(1577年)創建)、真言宗正福寺(領主川口氏の菩提寺)がある。
・明治22年(年)で面積一四三町一反三畝、世帯三三、人口一九五人あった。
(出典:佐倉市史・第一章 社会生活 P41-42)

青菅どんどれえ塚の位置をGoogle地図で紹介します。京成本線ユーカリが丘駅からユーカリが丘線に乗って中学校駅で降りて歩く方法と、本数が少ないけれども佐倉市コミュニティーバスにユーカリが駅か志津駅から乗って青菅バス停で降りて180m歩く方法があります。クリックすると拡大
    どんどれえ塚           住所:千葉県佐倉市青菅69-2
    ユーカリゴルフプラザ駐車場  住所:千葉県佐倉市先崎233
 ━━ ユーカリが丘線中学校駅からの徒歩ルート 1.4km
 ━━ ユーカリゴルフプラザからの徒歩ルート    740m


追伸
今日 2026年1月11日に、どんどれえ塚に行ってみると青菅どんどれえ竹たてが行われていました。
やはり毎年どんどれえが行われている1月14日の直前の日曜日に、竹たてが行われていました。
どんどれえ塚に着いた11時半には、ほぼ完成に近い状態でした。
クリックすると拡大
posted by SORI at 14:42| Comment(64) | TrackBack(6) | 風習・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする