2025年05月25日

フランスの郵便ポストの色は何色

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が12/12です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

海外に行くと郵便ポストの色が気になるので写真を撮るようにしています。パリの街角で撮った郵便ポストは黄色でした。日本、イギリス、インド、バハマは赤ですが、赤以外のポストも多かったです。中国は緑でイタリアはエンジ色でした。ドイツ、バチカン、ウクライナは黄色だったと思います。

上の写真の郵便ポストは小さいけれど、大きな郵便ポストもありました。
左のポストの口には「Paris - Banlieue」と書かれているので翻訳機能で確認するとパリ近郊用のポストのようです。右のポストの口には「Autres départements」と「Etranger」と書かれています。こちらはその他の地域と海外用のようです。
上の小さなポストは一つですが、口が2つ付いていて同じように書かれていました。


こんな感じでポストが置かれていました。 ポストに書かれているLA POSTE(ラ・ポスト)はフランス郵政公社の呼名です。


下記の写真はスイスの郵便ポストが写った写真です。
上で記載のようにヨーロッパではドイツとバチカン市国が黄色でした。みんこさんからのコメントでスイスも黄色だと知りました。でも不思議とスイスでは郵便ポストの写真を撮っていませんでした。そこで街並みを撮った沢山の写真の中の右の1枚に偶然に黄色い箱が写っているのをみつけました。みんこさんから「たぶんポストでしょう。」のコメントをいただきましたので紹介しました。
町の名前はビール/ビエンヌ(Biel/Bienne)です。


この写真がバチカン市国の郵便ポストです。家族で2003年にイタリア旅行に行った時に撮りました。
ツアーのルートは成田空港7/24 13:00発JL417 ⇒ 7/24 18:25ミラノ → 7/25ベローナ → 7/25ベネチア → 7/27フィレンツェ → 7/27ピサ → フィレンツェ → 7/28シエナ → 7/28ローマ・バチカン市国 → ローマ空港7/31 10:20発JL444 ⇒ 8/01 7:50着 成田空港
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こちらがウクライナの郵便ポストです。黄と青はウクライナの国旗の色です。
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こちらがドイツの郵便ポストです。2006年6月13日にハイデルベルグで撮りました。郵便ポストの色を知らないと、一瞬ごみ箱と思ってしまう外国人もいるかもしれませんが、郵便ポストなのです。
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こちらがエンジ色のイタリアの郵便ポストです。2006年6月14日にミラノで撮りました。上のドイツの郵便ポストを撮った翌日です。この時はパリ2回目の訪問時の2006年6月の初夏で、成田((6/7)→ロンドン→ラグビー→ロンドン(6/8)→パリ→リヨン(6/11)→チューリッヒ→レンツブルグ→チューリッヒ(6/12)→フランクフルト→ハイデルベルグ→フランクフルト(6/14)→ミラノ→ベルガモ→ミラノ→カザーレモンフェラート→ミラノ(6/16)→成田(6/17)と移動しました。
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赤色の郵便ポストの写真を紹介します。着色文字をクリックすると記事を表示します。
訪問した国の数のわりに郵便ポストを撮ることは珍しい方なのですが、その中で赤色ポストを撮ったのは下記の国でした。今から考えれば29ケ国に行ったので、もっと探して撮ればよかったと後悔しています。イギリスの物は丸ではなく楕円の形でした。
      日本           インド              イギリス            バハマ
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今後も海外の記事をブラシュアップして掲載すると思いますので、2025年5月25日時点の海外に出た数値を紹介しておきます。最長滞在海外滞在は93日ですが、残りの273回は全て15日(約2週間)以下なのです。最長の93日の時も予定は10日の予定で入国しましたが、特別な事情により延長したのです。
 海外入国回数  274回  初1988年2月29日(台湾)
 最多入国回数  24回 / 2006年 10ケ国 / 2006年
 最多搭乗回数  83フライト / 2005年 国際線(海外の国内線含む)
 最長滞在日数  93日/回 2002年12月10日~2003年03月12日 メキシコ
 二位滞在日数  15日/回 2000年09月03日~2000年09月17日 タイ
 三位滞在日数  14日/回 2002年10月27日~2002年11月09日 中国
 合計海外滞在  1491日/274回 平均5.44日/回
 上位海外滞在  計131日/2002年 計118日/2007年 計105日/2005年
 国際線搭乗回数 737回   海外の国内線を含む
 国内線搭乗回数 290回以上 集計開始1999年8月以降の回数 これ以前にも乗っていた。
 訪問国数     29ヶ国
 国別訪問回数  中国 104回 台湾37回 米国 19回 韓国 16回 ベトナム 16回 インド 13回
            ドイツ 9回 フランス 8回 香港 6回 タイ 4回 メキシコ 4回 スイス 4回
            オーストラリア 3回 マカオ 3回 マレーシア 3回 イタリア 3回 トルコ 3回
            ロシア 3回 インドネシア 2回 バハマ 2回 モロッコ 2回 カザフスタン 2回
            バチカン市国 1回 ミャンマー 1回 英国 1回 パキスタン 1回 エジプト 1回
            オーストリア 1回 ウクライナ 1回 ( 香港とマカオは返還前の訪問 )
今までに訪れた町をプロットしました。
  アメリカ メキシコ   インド パキスタン   アジア オーストラリア
  日本           ヨーロッパ ウクライナ カザフスタン ロシア トルコ モロッコ

プロットしている基準は①~③で、単に通過した町や、訪問した町同士が近い場合は含めていません。
 ①目的があって訪れた町  ②泊まった町  ③飛行機(長距離列車含む)で発着した町
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こちらはWikipediaに掲載されていた郵便ポストの色を示した地図です。
日本の江戸時代の飛脚のように、世界には手紙を送る独自の制度は昔からあったと思われますが、切手やポストなどを使った近代郵便制度は1840年(日本の時代に換算すると明治元年の28年前)にイギリスで誕生したそうです。右は1840年にイギリスで発行された世界最初の切手ペニー・ブラック(Penny Black)です。日本で近代郵便制度が始まったのは1870年(明治3年)でした。
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posted by SORI at 21:02| Comment(52) | TrackBack(1) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月24日

パリはバイク専用の駐車場が完備

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が11/12です。


日本ではバイクの駐車場が少ないので困っていると聞いたことがあります。ところがパリではいろんなところに二輪(バイク)専用の駐車場がありました。パーキングの標識Pの下の「2 ROUES」がバイクを表しているのでしょう。
ネットで「2 ROUES」を翻訳すると「2輪」と出てきました。

道路にも「2 ROUES」と書かれていました。


こちらが車の駐車スペースです。パリでの車の駐車の特徴は車と車の間のスペースを非常に少なく駐車することでした。日本人ではとても停められないと感じました。


こちらの路面には「PAYANT」と書かれていましした。PAYANTを翻訳してみると「有料」と出てきました。有料駐車スペースでした。冒頭のバイクの駐車場は「PAYANT」の表示がないので無料のようでした。
フランスには8回訪問して、この時が3回目(2008年1月)の訪問の時でした。
この時は成田(1/16)→パリ(1/16)→イスタンブール(1/19)→パリ(1/20)→カサプランカ(1/22)→リヨン(1/23)→マルセーユ(1/23)→リヨン(1/24)→パリ(1/24)→成田(1/25)と移動しました。
ラベル:パリ
posted by SORI at 09:11| Comment(56) | TrackBack(0) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月23日

パリのThe American Dream

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が10/12です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

パリの街の中を歩いている時に写真のように不思議な光景のレストランを見かけました。レストランの名前はずばりThe American Dream
今(2025年)から17年前の写真です。

レストランの他にPUBやSHOW BARもありました。暗いときに見てみたいですね。雰囲気は別にして、こちらの料理の味が気になるところです。
フランスには8回訪問して、この時が3回目(2008年1月)の訪問の時でした。
この時は成田(1/16)→パリ(1/16)→イスタンブール(1/19)→パリ(1/20)→カサプランカ(1/22)→リヨン(1/23)→マルセーユ(1/23)→リヨン(1/24)→パリ(1/24)→成田(1/25)と移動しました。


上の2枚の写真から一部の拡大写真を掲載いたします。写真をクリックするとさらに拡大いたします。
このような雰囲気のお店がパリにあるとは想像もしていませんでした。右の写真の画像検索→ポチッ


検索してみると、今(2025/5/23)でも表示されました。→ポチッ 画像
さらに詳しく調べてみると2022年のストリートビュー(SV1)では写真の飾りは無くJazz Clubとして営業していて、2024年のストリートビュー(SV2)ではホテル(Hôtel Volney Opéra)に替わっていました。
         2022年撮影SV1                     2024年撮影SV2

Sweet Pommeさんのパリのユニクロにトラックバックしています。
064広場さんのThe American Dreamにトラックバックしています。
ラベル:パリ
posted by SORI at 17:19| Comment(44) | TrackBack(0) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月22日

初めてフランスに来た時の凱旋門の上からの景色

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が/12です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでにフランス8回目の時の凱旋門を紹介しましたが、昔の凱旋門の写真を紹介します。
今回紹介の写真は初めて(1回目)のフランス訪問時で、今から19年5ケ月前(2005年12月1日)で、その時の移動は成田(11/27)→フランクフルト(11/27)→チューリッヒ(11/29)→フランクフルト(11/30)→パリ(12/2)→リヨン(12/2)→パリ→ロワール→パリ(12/5)→ミラノ(12/8)→デュッセルドルフ(12/9)→シカゴ(12/9)→ルイビル(12/13)→シカゴ(12/14)→成田(12/15)の世界一周の旅でした。
人生で初めての海外旅行(2002年7月)でのバチカン市国のサンピエトロ寺院の屋根の上に登りそこねましたが、今回(2005年12月1日)は凱旋門の上に登ってみました。凱旋門に登れることは知りませんでしたがパリに住んでいた人に教えてもらいさっそく行きました。

この螺旋階段を登ると一番上まで登れます。凱旋門の高さは50mなので、意外とハードです。


上はこんな感じです。


柵は遠くからは目立たない形式でした。

料金は8ユーロ


凱旋門の上は360度のパノラマの世界です。航空写真で見ると凱旋門から放射状に道が伸びていることが良く判ります。特に地名の表示のチェックを外すと見やすくなります。

パノラマ写真を紹介します。 これから下の写真はクリックすると大きく表示します。
これが有名な「シャンゼリゼ大通り」です。パリの歴史地区は厳しい高さ制限がされているのでこのような素晴らしい景色に出会えるのです。
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シャルル・ドゴール大通り
上の地図ではグラシド・アルメ通りと書かれています。シャンゼリゼ大通りの反対側です。1967年から1977年の間の高さ制限の緩和された時期があったために高いビルが建ってしまったそうです。その後、厳しい高さ制限に戻ったそうです。
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オッシュ大通りとオスマン大通り(Av. de Friediand)
遠くにモンマルトルの丘が見えます。
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オスマン大通り(Av. de Friediand)とシャンゼリゼ大通り
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イエナ通りとエッフェル塔
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下から見上げた彫刻もきれいです。
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この縮尺の航空写真だと、凱旋門の上がよく判ると思います。


少し縮尺を小さくすると同心円状の道がわかってきます。

ラベル:凱旋門
posted by SORI at 06:19| Comment(52) | TrackBack(0) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月21日

約20年前の パリの地下鉄では

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フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が/12です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

パリ市内で牡蠣を食べに行った帰りに出し物の練習をしているところを見かけました。ヨーロッパでは騎士道は特別のようです。
これは大道芸ではありませんがパリの中は大道芸が多かったですね。さすが芸術の町!
フランス訪問が初めて(1回目)の2005年12月2日でした。今から19年5ケ月前です。

パリ市内の移動は地下鉄が便利で、よく地下鉄に乗りました。 で驚いたのが地下鉄内では芸人が多いことです。下の左の写真は地下鉄のホームでコントラバスを弾いているところです。地下鉄のホームで大胆に演奏 すごい!
地下鉄車内にまで乗ってきます。小さな女の子(小学3年生くらい)がお兄ちゃんと思われる子と大きなスピーカーを持ち込んで大音量の中で踊り始めるのです。(写真や動画を撮りたかったけれどもカメラは向けにくかったです。今から考えればチップを渡す手がありました。)
見てると結構な収入になるみたい。子供というのは強みみたいです。ほんと「たっくまし~~い」かったです。芸術の街モンマルトルの丘とは違った一面でした。
この時代のヨーロッパの地下鉄は改札機(改札)がないのが普通ですが、パリの地下鉄だけは日本のように改札機があり、そこにチケットを通さないとホームに入れません。他の国の都市の地下鉄はホームや入口近くに検札機があり刻印をするだけなのです。
写真をクリックすると路線図を表示します。左がPDFで右がhtmlです。


クリックが面倒な方のためにパリの地下鉄の路線図を今回追加表示しました。
地下鉄は複数組のスリが多いので気を付けてください。直近の8回目パリ訪問の時は娘のカバンに手を入れられましたが、スリが多しことは伝えていたので、カバンを瞬時に抱えたので無事でした。電車を降りてホームから階段を登り始めてすぐで、2組で1人が注意を引いてもう1人がスル手口のでした。私は警戒しながら後ろを少し離れて歩いていたのですぐにわかりました。
ラベル:地下鉄 パリ
posted by SORI at 16:05| Comment(44) | TrackBack(0) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月20日

ノートルダム寺院

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
フランス旅行でのパリ市内の観光を中心に連続12記事を紹介させていただきました。この時は時間の関係でエッフェル塔やモンマルトルの丘には行かなかったので昔に遡ってエッフェル塔やモンマルトルの丘の記事と、他のパリの記事も合わせて12記事をブラシュアップして掲載させていただきます。
本記事が/12です。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでにフランス8回目の時のノートルダム寺院を紹介(右下の写真)しましたが、昔の写真を紹介します。
今回紹介のノートルダム寺院の写真は初めて(1回目)のフランス訪問時で、今から19年5ケ月前(2005年12月3日)で、クリックすると拡大その時の移動は成田(11/27)→フランクフルト(11/27)→チューリッヒ(11/29)→フランクフルト(11/30)→パリ(12/2)→リヨン(12/2)→パリ→ロワール→パリ(12/5)→ミラノ(12/8)→デュッセルドルフ(12/9)→シカゴ(12/9)→ルイビル(12/13)→シカゴ(12/14)→成田(12/15)世界一周の旅でした。
セーヌ川とくればノートルダム寺院ですね。セーヌ川の中州のシテ島に建つ姿は素晴らしいです。パリのノートルダム寺院(Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム大聖堂とも) はゴシック建築を代表する建物であり、ローマ・カトリック教会の大聖堂です。「パリのセーヌ河岸」という名称で、周辺の文化遺産とともに1991年にユネスコの世界遺産に登録されています。現在もノートルダム寺院は、パリ大司教座聖堂として使用されているそうです。ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアを指そうです。上の写真ですぐに寺院の名前が判る人は多いと思います。

でも正面だけでノートルダム寺院とわかる人は少ないでしょう。でもないか! 私が知らなかっただけでした。パリから各地への距離を表すときの起点はノートルダム大聖堂の前のこの場所が起点となっているそうです。
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やっぱり、ここで記念写真を撮ってしまいます。冬のパリはいつものこのような天気で、晴れている景色は滅多にないようです。
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セーヌ川のほとりのノートルダム寺院は絵になります。 この角度のノートルダム寺院の姿は素晴らしいと思います。いろんな町の大聖堂は建物に囲まれており正面の広場からの写真は見ることが出来ますが、この角度から大聖堂の全景を見ることが出来るところは少ないと思います。そんな素晴らしい景色のノートルダム寺院を見ることができてよかったです。
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同じ構図で教会部分を拡大いたしました。大聖堂の全長(奥行き)は127.50m、幅は48 m、尖塔の高さ96 mです。入口の四角い2つの双塔(北塔と南塔)の高さは69mで、身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路の高さは32.50mだそうです。大聖堂内には9000人の人が収容できるそうです。地面から伸びるアーチのフライング・バットレスと呼ばれる沢山の梁が印象的でした。この梁によって巨大な大聖堂を実現させているとの記述もありました。
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川と反対側の角度のノートルダム寺院もいいですよ。
ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神域でしたが、ローマ崩壊後、キリスト教徒はこの地にバシリカを建設したそうです。1163年、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1225年に完成したそうです。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・バットレスは12世紀に現様式に取り替えられそうです。そして最終的な竣工は1345年なので183年の歳月をかけて作られた傑作だと思います。
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航空写真で上から見ると大聖堂は十字架の形をしています。
クロスの中心に96mの尖塔が建っています。
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斜めからの航空写真でも紹介します。
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ネットに立体的な絵があったので紹介します。
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寺院の中はやっぱりすばらしい!
中に入るとミサが行われていました。おごそかな中でも観光客や一般の人は自由に入れます。フランスでは一般的に「ノートルダム・ド・パリ(Notre-Dame de Paris)」と呼ばれているそうです。内部の最大の見どころは聖書の世界を描いたステンドグラスです。手前から奥にかけて時代が変わっていきます。それぞれのステンドグラスにはキリストの一生が描かれています。左側の写真が身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路です。
聖歌隊席の周りにあるレリーフも立体的で見応えがあります。写真をクリックすると露出調整した拡大写真を表示します。
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入口(西)、北、南と3カ所に配置された美しい円型のばら窓のステンドグラスは圧巻です。
クリックすると拡大外側から見ると左の写真の部分です。冒頭の写真から切り取った使いました。預言者達が描かれた入口(西)の直径9.6mのステンドグラスが最も古く1210年に作られました。写真はキリストと天使を描いた南窓です。北窓には聖母子が描かれており、南窓と北窓は直径13mの大きさです。右の南窓の写真をクリックすると拡大した大聖堂の全景が表示されるので、その南窓の大きさが分かってもらえると思います。


ノートルダム寺院の前のセーヌ川には水上バスも通っていました。写っている橋はノートルダム寺院に最も近くにかかっている ドゥブル橋です。右の護岸の上にノートルダム寺院が建っています。
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昼食のためにノートルダム寺院のすぐそばのドゥブル橋を渡ったところにあるカフェテリアCafé Panis‎に入りました。窓際の席は絵になる人が優先との噂も! 明確ではないけれどそんな傾向はありましたね。
日本の女性の方も沢山入ってこられるレストランでした。記事の一番下に掲載した地図の黄色いマーク()がCafé Panis‎で、絶好の場所にあることがわかってもらえると思います。
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パリっぽいサンドイッチとコーヒーを頼みました。おかげてゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。サンドイッチは分厚いチーズとハムをフランスパンに挟んだだけのものです。
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クリックするとネットの写真お店の外観を紹介したいのでネットの写真を転用させてもらいました。左奥の建物がノートルダム寺院です。お店がノートルダム寺院の真横にあることが分かってもらえると思います。フランス8回目の訪問の初日のランチも同じレストランでした。→ポチッ
 名前 Café Panis‎
 住所 21 Quai Montebello, 75005 Paris, France
 電話 01-4354-1971
 営業 8:30~23:30
 HP  https://cafepanis.com/
クリックするとネットの写真

Google地図の中の中央付近のが紹介したノートルダム寺院です。
 ノートルダム寺院(中央) ルーブル美術館(左上)
 Café Panis‎ 昼食を食べたカフェ
 セーヌ川にかかる橋 次の記事で紹介します。


あらためて、この時の旅の移動ルートを紹介します。マーク()は空港です。
この時の移動は成田(11/27)→フランクフルト(11/27)→チューリッヒ(11/29)→フランクフルト(11/30)→パリ(12/2)→リヨン(12/2)→パリ→ロワール→パリ(12/5)→ミラノ(12/8)→デュッセルドルフ(12/9)→シカゴ(12/9)→ルイビル(12/13)→シカゴ(12/14)→成田(12/15)世界一周の旅でした。

posted by SORI at 21:46| Comment(76) | TrackBack(2) | パリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする