2026年06月12日

1月30日はマハトマ・ガンディーの命日でした。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が12/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は1989年11月にインディラ・ガンディーの息子のラジーヴ・ガンディーが演説しているところの写真で、後ろの壁の写真は左から
マハトマ・ガンディー ジャワハルラール・ネルー インディラ・ガンディー です。
クリックすると記事を表示この日は日本に帰国する日でした。 しかし、せっかく日本から遠く離れたインドに来ている上に、夕方のフライトまで時間があるので、記念になるところはないかと聞いて、ホテルの近くにマハトマ・ガンディー (上の写真の左の人)が暗殺された家があり、今はガンディー(ガンジー)の記念館(MEMORIAL)になっていることを知りました。
車で見に行ってみると、家の前に行くと警官が沢山いて、中に入りにくい雰囲気でした。 入れてもらえないかとお願いすると、1月30日はガンディーが暗殺された命日のために要人が多数来ていることから、この日は一般の人は入れないと断られてしまいました。 マハトマ・ガンディーは1948年1月30日になくなったのでした。365分の1の日に当たってしまうとは、まことに残念でした。

運転手の人に代わりに近くで行くところはないかと聞く、近くに冒頭の写真の右端の女性インディラ・ガンディーの記念館(MEMORIAL)があるということなので、そちらに行ってみました。インディラ・ガンディーは女性でありインドの代表的な首相でありましたが、やはり暗殺で亡くなりました。インドは政治家の暗殺が多い国であることを再認識させられました。
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小さな入口で、日本人の人は気が付かないと思います。インディラ・ガンディーはインドの第5代と第8代首相でした。そしてインドの初代首相ジャワハルラール・ネルー(またの呼び方はジャワハルラール・ネール 冒頭写真の中央)の娘で、第9代首相ラジーヴ・ガンディー(冒頭写真の演説をしている人)の母でもあります。冒頭の写真は記念館の中に展示されていた写真です。
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中に入って驚いたことに沢山の人が見学に、こられていました。ほとんどがインドの人だと思います。もちろん日本人は見かけませんでした。ジャワハルラール・ネルーの娘がインディラ・ガンディーで、インディラ・ガンディーの息子がラジーヴ・ガンディーです。マハトマ・ガンディーはインディラ・ガンディーおよびラジーヴ・ガンディーとは血縁関係ありません。ガンディーと言う名前が同じだけです。クリックすると拡大
 マハトマ・ガンディー     1869年10月02日~1948年01月30日(暗殺) 右の写真 →
 ジャワハルラール・ネルー 1889年11月14日~1964年05月27日クリックすると拡大クリックすると拡大 
 インディラ・ガンディー    1917年11月19日~1984年10月31日(暗殺) 写真 →
 ラジーヴ・ガンディー     1944年08月20日~1991年05月21日(暗殺) 写真 →クリックすると拡大クリックすると拡大
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インドの人たちもほとんどの人が携帯電話で写真を撮られていました。子供のころの写真など、貴重な写真なので撮りたくなるのだと思います。
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本当に沢山の写真が展示されていました。世界中の要人と会っていることにも驚かされました。
IMG_0995-1230-26.jpgクリックすると拡大

若い時の写真や家族の写真が飾られていました。真中がインディラ・ガンディーさんで周りは家族(子供と孫)です。写真の下にSanjay(次男) Rajiv(長男) Maneka(Sanjayの妻) Sonia (Rajivの妻) Priyanka(孫 Rajivの娘) Rahul (孫 Rajivの息子) と6人の名前が書かれていました。
IMG_0990-1230-26.jpgクリックすると拡大

広い敷地に白い建物がいくつか建っていました。
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剣なども展示されていました。
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この記念館の目玉は写真と住んでいた部屋を公開していることです。
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posted by SORI at 07:30| Comment(19) | TrackBack(1) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月11日

だれも泳がない豪華なプール

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が11/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真はインド・ムンバイのマリンドライブ沿いで泊まった、吹き抜けになっているホテルのロビーから天井を撮ったものです。 どうしてプールと関係あるのかと言うと、実はプールは屋上にあるのです。
ここまで説明すればわかってもらえる人がいるかもしれませんね。
実はプールの底がガラスになっていて、そのガラスの下は上の写真の吹き抜けの空間なのです。 たぶん、プールに入る勇気のある人はいないと思います。 理由は2っ
一つはプールの下から泳いでいる姿が見られてしまうことです。 天井のガラスがプールの底と気がつく人は少ないとは思いますが下から見上げられるのは嫌かも。
もう一つは、ありえないとは思うけれど、もし底のガラスが割れたら7階屋上から地上まで水と一緒に落ちてしまうと考えてしまうことかな。
右の写真はネット から拝借しました。 プールの底に格子が見えるのがわかってもらえると思います。 あなたなら泳ぎますか?
宿泊している間、泳いでいる人を1人も見ませんでした。

屋上からの景色はいいのですが、泳げないのは残念です。 場所はインド・ムンバイのマリンドライブ沿いにあるHotel Marine Plazaです。 このあたりは景色も良くてムンバイに泊まる人たちにとっては人気の場所にあるホテルです。
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プールのある屋上からの景色を2枚紹介します。 バック湾(Back Bay)に面した弓状の海岸で、海岸に沿った約3kmの遊歩道が有名なマリンドライブ(Marine Drive/मरीन ड्राइव्ह)です。
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上の写真の海岸沿いの先の岬の先端辺りの景色です。
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泊って泳いでみたいと思われる方に航空写真を紹介しておきます。 中央の建物のホテルです。 屋上の中央にプールが確認出来ました。 縮尺を変えるとホテルの場所がわかると思います。 西の方向にはアラル海が広がる景色は最高の場所なのです。 Googleマップでのランクは5つ星ホテルになっていました。 右下のボタンをクリックして拡大するとプールの中の格子が判ると思います。

ホテル(Hotel Marine Plaza)のストリートビュー(SV)を紹介します。 ストリートビューを180度水平に回転させるとRATANLAL BUBNA CHOWKと書かれた立派表示板に気が付くと思います。
この辺りがムンバイで最も美しい景色の場所なのかもしれません。


ホテル(Hotel Marine Plaza)とRATANLAL BUBNA CHOWKと海の景色が入った個人がGoogleマップに登録したストリートビューも紹介します。
posted by SORI at 08:25| Comment(46) | TrackBack(1) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月10日

ビーフご法度のインドにもマックがありました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が10/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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マック(マクドナルド)は世界中にあります。 インドにもマック(McDonald's)がありました。 でもインドは他の国とちょっと事情が違います。 ハンバーガーと言えばパンにビーフのハンバーグを挟んだものが定番です。 インドで最も多いヒンドゥー教徒では牛を神聖な生き物としているためビーフはご法度です。 多くのイスラム教徒の人もいるので豚肉もご法度です。 さらにベジタリアンの人も沢山います。

そんな事情の中で、どんなメニューになるのでしょう。
ベシタリアンとノン・ベジタリアンはマークで区別しています。 これでベジタリアン対策はOKです。
このマークはマックだけでなくインドのあらゆるレストランのメニューや食べ物のパッケージの表示に使われています。        ベジタリアン用マーク   ノン・ベジタリアン(肉OK)用マーク
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そして牛肉も豚肉もだめなので肉はチキンとなります。 インドのチキン料理はおいしいので有名ですが、やはりハンバーカーもチキンバーガMcChickenですね。 マトンの肉も問題ないはずですがメニューにはありませんでした。見た目が牛肉と紛らわしいためかもしれません。 メニューにあるようにフィッシュバーガー(Filet-o-Fish)もありました。IMG_3184-406.jpgよく見るとインド独特のメニューがあります。たとえばバーガーではChcken Maharaja MacとかMcAloo Tikkiです。 バーガー以外ではMcCurry PanやSalasa WrapやMexican Wrapです。 そして野菜(+野菜コロッケ)だけのバーガーMcVeggieは、まさにインドならでは、ではないでしょうか。 挟まれるチキンはフライとグリルの2種類です。 グリルのバーガーはChicken McGrillです。 右のようなお得な家族セットもありました。  参考:2026年6月 1Rs.=1.68円
4人で食べるのに最適かもしれません。
バーガーの基本はこの4つ+ Filet-o-Fishでした。
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室内にもテーブルがありましたが屋外にも沢山のテーブルがありました。
一年前よりも若干上がっているようですが、ポテトと飲み物がついて180円程度で我々にとっては買いやすい値段ですが、インドの平均所得を考えると高い気がします。 それでも、写真のように沢山の人が入っていました。 インドでは飲食店で働く女性は少ないけれどさすが、マクドナルドでは女性の店員の方が、おられました。
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お店も街の景色に溶け込んでいるかも?
2010年の時点でインドにマクドナルドが192店もあるのに驚きました。 でも人口10万に当たりの店舗数は0.0164店です。 日本が2.9店あることを考えると、まだまだ珍しい存在です。 日本なみに出来ると34000店ということになります。
最近は日本でも世界のマックを売るようになりました。 インドのマックもテレビのCMで見かけました。 結論はインドのマックはチキンとフッシュと野菜が基本でした。
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上の写真はこちらの写真から切り取ったので、解像度がよくないことをお許しください。
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Googleマップのストリートビュー(SV)で確認するとマクドナルド(McDonald's)は健在でした。
ただし、赤に白字の看板 McDonald's は、黒に白字の看板 McDonald's に変りっていました。
日本でも英語での、黒に白字の看板 McDonald's が増えているようです。


判りにくいのでMcDonald'sの文字が完全に見える別の位置から看板を拡大してみました。


同じ位置から方向を変えると世界遺産のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(Chhatrapati Shivaji Terminus)があります。 この辺りは外国の観光客の人も多いのだと思います。
posted by SORI at 08:12| Comment(60) | TrackBack(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月09日

インドで三輪タクシーに乗りました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
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初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大東南アジアやインドでは三輪タクシーが今でも大活躍しています。今までは見るだけでしたが、前記事シーフード料理を食べた帰りに普通のタクシーが捕まらないので、3輪タクシーをホテルまで利用する機会があり初めて乗りました。我々の前にも3輪タクシーが走っているのが判りますか。その車と2台でホテルまで帰りました。右の写真が料金メーターで機械式のようです。料金メーターのメーカーはSuper Meter Manufacturing Companyでした。
ムンバイの町では市街地の南側は三輪タクシーの走行は禁止されております。すなわちマリンドライブのあたりは四輪のタクシーだけで三輪タクシーを見ることは出来ません。2年前も同じでした。ニューデリーの町も近いうちに禁止されると聞きました。少しさびしくなるし運転手さんが心配です。別の町に行くのかな。

デリーとムンバイとハイデラバードの3っの町の三輪タクシーを紹介いたします。
ムンバイの町の三輪タクシーです。黒とイエローのツートンカラーが印象的です。この町だけは4輪タクシーも同じデザインでした。
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ムンバイの三輪タクシーの後ろ姿です。
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デリーの三輪タクシーは緑とイエローのツートンカラーです。
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こちらがデリーの三輪タクシーの後ろ姿です。ただし三輪タクシーを意識した撮った写真がなかったので車内から撮った町の風景の中から切り取ったために写真の解像度はよくありません。
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こちらが上の写真を切り取ったオリジナルの写真です。
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ハイデラバードはイエローです。
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後ろから見たハイデラバードの三輪タクシーです。
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下の写真がムンバイの4輪のタクシーです。色のデザインは3輪タクシーと同じです。これらのタクシーはすべて個人タクシーです。そのために何十年も同じ車を使い続けているようです。クリックすると拡大
最近は数社ほどタクシー会社が出来たそうで、そちらのタクシーは新しい上に色も青や黄で一色で塗られています。下のようなタクシーも減っていくのかもしれません。今でも活躍はしていますが、私が初めてインドに行った頃の1992年~1995年頃は四輪タクシーと言えば右の写真のアンバサダーでした。
アンバサダーは1948年からインドで作り始められたインドを代表する車です。右のアンバサダーの写真はデリーで撮りました。下の車も古いタイプですが「丸さ」の印象から判断して、アンバサダーではないようです。
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posted by SORI at 06:15| Comment(60) | TrackBack(2) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月08日

ジャイプルのインド料理

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
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初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
IMG_0937-1230-26.jpgクリックすると拡大
インドには何回も来ていますが、ほとんどがデリーやムンバイです。写真をクリックするとスライドショー 今回、インドで初めての町に行きました。 都市の名前はジャイプル(Jaipur/ जयपुर/جے پور/d͡ʒəj.pʊɾ)でミスワールドのAishwarya Raiさんと飛行機で乗り合わせた町です。 こちらの町は見所が沢山あるようですが、外出できなかったために外の写真は上の一枚だけです。 ジャイプルでは、ほとんどの女性が民族衣装を着ておられたので、インドの雰囲気が感じられる町でした。 ジャイプルは日本ではジャイプールと表記される事も多いが、最後の音節「-プール」がヒンディー語では短母音で表記するため、ジャイプルが正しい表記となります。 右の写真は デリー → ジャイプール のフライトで、始めて乗った航空会社Kingfisherの搭乗券です。

場所はデリーの南西約260kmに位置ある、ラージャスターン州の州都です。人口は3,324,319と飛行機の上から見ても大きな町でした。日本ではジャイプールとも発音されているようです。 クリックすると今までに訪れた町の位置をプロットしたGoogle地図を表示します。 女性の写真は1月29日のジャイプール→ムンバイのフライトで私の前の席に座っていたAishwarya Raiさんです。
ジャイプル(ジャイプール)はインドで人口ランキングで10番目の都市です。 1~10番を紹介します。 着色文字は訪れたことがある都市です。①デリー 2175万人 ②ムンバイ 2075万人 ③コルカタ 1461万人 ④チェンナイ 892万人 ⑤ベンガルール 873万人 ⑥ハイデラバード 775万人 ⑦アフマダーバード 635万人 ⑧プネー 505万人 ⑨スーラト 459万人 ⑩ジャイプル 307万人
この時の旅のフライトも紹介します。  JL:日本航空   IT:Kingfisher   9W:Jet Airways
 1月27日(火) JL471  成田      → デリー 写真をクリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
 1月28日(水) IT611  デリー     → ジャイプール
 1月29日(木) 9W376 ジャイプール → ムンバイ   
 1月29日(木) 9W370 ムンバイ    → デリー
 1月30日(金) JL472  デリー     → 成田
オレンジ色枠の都市および町名の町にも訪問したことがあります。
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夕食は遅くなったのでホテルで食べることにしました。ところが大きなインド料理専門のレストランは沢山の観光客の方が予約ずみで断られてしまいました。そこでいろんな料理が食べる方のレストランでインド料理を頼みました。これは私が頼んだ料理です。鶏のカレーです。写真は2ピースですが、全部で4ピースほど入っていました。味だけでなくボリュウムでも大満足でした。
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鶏のカレーとナンとの相性はよかったです。インド料理と言えば、どんな料理方法でも、やっぱりチキンです。
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初めてタイプのナンも頼みました。これもおいしかったです。
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名前は判りませんが、これが無料で沢山出てきます。ピリカラの味でビールのつまみに相性がよくて沢山食べてしましました。
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このように、いろんなカレーが味わえるセットもありました。これで1人分です。
これは普通(NON Vegetarian)のカレーです。真中の壷のような器に入っているのはヨーグルトですこし味見させてもらいましたが、甘みのない独特のヨーグルトでした。
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こちらは同じように見えますがベジタリアン(Vegetarian)のカレーです。こちらはインドの方が食べました。ベジタリアンのカレーでもこれだけの種類があるのに驚きました。上のNON Vegetarianのカレーは日本人が食べました。
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オレンジ色のマーク()がジャイプルでインド料理を食べたホテル The Lalit Jaipurです。
  The Lalit Jaipur 


こちらがGoogleマップのストリートビュー(SV)で探したホテル The Lalit Jaipur です。
posted by SORI at 17:50| Comment(52) | TrackBack(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月07日

知らずに34年前と18年前に同じホテルから同じ駅を撮っていました。

2025年2月1日にSSブログからSeesaaブログに全記事を移行させました。Seesaaブログに慣れるために、昔の記事に手を加えてブラシュアップして再掲載させことから始めさせていただいています。
パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
インドに行ったときにホテルから駅が見えました。クリックすると拡大その駅を撮った写真を家に帰ってから1992年7月18日に撮った写真と比べるとなんと同じ駅だったので掲載させてもらいました。 それも高さは違いますが同じ建物から撮っていました。
上の写真が今から34年前1992年7月18日に撮った駅の写真です。 もちろん写真を撮ったのはフィルムカメラで右上のように日付がネガに刻み込まれていました。写真自体はネガからデシタル化しました。 
上の写真は右下のホテルから撮りました。 こちらのホテルの写真も1992年7月18日に撮ったものです。 
WORLD TRSDE CENTREとかかれていますが、クリックすると拡大これはホテルの名前ではありません。 
1992年7月18日のホテルの名前は思い出せない上に当時のホテルの名前は変わってしまい、下の写真を撮った時のホテルの名前はインターコンチネンタル ザ グランド( INTERCONTINENTAL THE GRAND )となっていました。

下の写真は18年前2008年2月22日に撮ったの同じ駅の写真です。 同じホテルに泊まって、ホテルの窓から撮った駅の写真です。 遠くから見ているので昔と大きな差が無いように気がします。 陸橋が同じなので同じ駅であることに気がつきました。 陸橋はほとんど変わっていません。 でも歩いている人の服装は明から違っています。ビジネスマンのイメージの人が圧倒的に多くなっていました。 写真をクリックすると拡大写真を表示するので乗り降りしている人たちの服装がわかるようになると思います。印度のインドの駅と言えばムンバイの世界遺産の駅を以前紹介させていただきました。 ムンバイの駅は、すばらしい駅でした。こちらは、ごく普通のインドの駅です。
クリックすると拡大

頻繁に電車が入ってきており沢山の人が乗り降りしていました。こちらも2008年2月22日に撮りました。 
空中の黒いものはカラスです。 インドでも沢山のカラスを見かけました。
同じホテルに泊まったことは、同じ駅を同じ角度から撮っていたことで判りました。
クリックすると拡大

Googleマップで駅を探しました。 駅名はシバジ・ブリッジ駅(Shivaji Bridge Station)でニューデリー駅(New Delhi Railway Station)の隣の駅でした。ニューデリー駅の航空写真 → ポチッ
上の写真の左下端のビルはVidyut Bhavanであることも分かりました。


Googleマップに個人が登録したストリートビュー(SV)に駅のホームがありました。 泊まったホテルも写っているようです。


ニューデリー駅とシバジ・ブリッジ駅の位置関係が判る航空写真を紹介します。
  ニューデリー駅
  シバジ・ブリッジ駅
  駅の写真を撮った泊まったホテル(現在:The Lalit New Delhi)


ストリートビューでもホテルを見つけました。 34年前に撮ったホテルの写真と同じであることからも駅名のシバジ・ブリッジ駅(Shivaji Bridge Station)が正しいことが証明されました。 → SV1 SV2 SV3
ホテル名はさらに変わって、The Lalit New Delhi( थे ललित न्यू दिल्ली )になっていました。


34年前の1992年7月の旅は下記のように東回りの世界一周の旅でした。
 7月11日(土) 成田      → シカゴ062_62-1230-27.jpg
 7月11日(土) シカゴ     → ルイビル    右の写真 →
 7月14日(火) ルイビル    → シカゴ
 7月14日(火) シカゴ     → フランクフルト
 7月18日(土) フランクフルト → デリー
 7月20日(月) デリー     → ボンベイ
 7月21日(火) ボンベイ    → 成田


18年前の2008年2月の旅は下記でした。 この時は下の写真の世界遺産のクトゥブ・ミナール(Qutab Minar)に行きました。 写真をクリックすると面積で4倍に拡大いたします。
1995年にボンベイ(Bombay)からムンバイ(मुंबई/Mumbai)に名前が変わりました。 
 2月16日(土) 成田      → デリー
 2月17日(日) デリー     → ムンバイ
 2月19日(火) ムンバイ    → ハイデラバード
 2月19日(火) ハイデラバード → ムンバイ
 2月22日(金) ムンバイ    → デリー
 2月23日(土) デリー      → 成田
ラベル:インド デリー
posted by SORI at 21:29| Comment(42) | TrackBack(1) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする