パリからのバスツアーのロアールの城めぐりを紹介しましたが、その前日にヴェルサイユ宮殿に行ったので、そのヴェルサイユ宮殿を紹介したいと思います。ヴェルサイユ宮殿は見どころがあったので連続20の記事をブラシュアップして掲載いたします。本記事が6/20です。ちなみにヴェルサイユ宮殿へは泊まったホテルの最寄駅から電車で往復いたしました。



ヴェルサイユ宮殿の国王の寝室を紹介します。鏡の回廊の中央の東側に「王の寝室」がありました。部屋の奥にアルコーブと呼ばれる凹ました空間を作り、そこに豪華なベットが置かれていました。この寝室で、ルイ14世は「プチ・クヴェール」と呼ばれる軽い晩餐をとったそうです。さらに、王の「朝の引見」と「夜の引見」も毎日ここで行われたそうです。72年間の治世の後、1715年9月1日にルイ14世が亡くなったのもこの寝室だったそうです。深紅を基調としたベッドには金と銀を使った豪華な錦織の装飾が飾られていました。
アルコーブと呼ばれる空間と部屋との間には金メッキの木製の欄干が設けられていました。このようなベットが置かれた空間と部屋を隔てる欄干があるのは「王の寝室」と「王妃の寝室」だけのようです。

さすが王の寝室で、部屋の中は沢山の見学者で埋まっていました。

いろんな部屋にあった天井画は、こちらの寝室には無く真白な天井でした。寝室だから落ち着いた空間を目指したのかもしれません。

天井以外は金を基調とした豪華な装飾で飾られていました。

見事な時計も置かれていました。

宮殿の外から「王の寝室」を紹介します。2階の中央の3つの窓がある部屋が「王の寝室」です。そして右側が「閣議の間」で、左側が「牛眼の間」と呼ばれている第二控えの間です。

「王の寝室」から外を見ることが出来ませんが、隣の部屋の窓からは外を見ることが出来ました。こちらは「閣議の間」の窓からの景色です。内庭の白黒模様の部分は大理石でできています。

こちらは、もう一つの隣の部屋である「牛眼の間」の窓からの景色です。この2枚の景色からちゃう王から見た景色を想像してみてください。

金色の門のあたりを拡大いたしました。庭園とは反対の東の方向で駅や町がある方向です。

今回紹介の「王の寝室」の場所は下記の配置図の中の⑩です。周辺らは沢山の部屋が判ってもらえると思います。鏡の回廊と①~⑧の部屋はすでに紹介いたしました。クリックすると別画面で表示するので配置を見ながら説明を読むことが出来ると思います。
① ヘラクレスの間 | ② 豊饒の間 | ③ ヴィーナスの間 | |
④ ディアナの間 | ⑤ マルスの間 | ⑥ メルクリウスの間 | |
⑦ アポロンの間 | ⑧ 戦争の間 | ⑨ 平和の間 | |
⑩ 王の寝室 | ⑪ 王妃の寝室 | ⑫ 閣議の間 | |
⑬ 牛眼の間 第2控 | ⑭ 大会食の間 第1控 | ⑮ 貴人の間 | |
⑯ 大会食の間 | ⑰ 王妃の衛兵の間 | ⑱ 戴冠式の間 | |
⑲ 1792年の間 | ⑳ 王子の階段 | ㉑ 石像のあった廊下 | |
㉒ 大階段 | ㉓ 王妃の階段 | ㉔ 浴室 | |
㉕ 図書の間 | ㉖ 黄金の間 | ㉗ 図書の間 | |
㉘ 午睡の間 | ㉙ 衛兵の間 | ㉚ ルイ15世の寝室 |



せっかくなので王の寝室の周りの部屋を紹介したいと思います。紹介するのは上の配置図で ⑫ ⑬ ⑰ ⑲ ⑳ ㉓ ㉙ ㉚ です。今回、見学出来なかった中の ⑨ ⑪ ⑱ に関しては2008年11月の写真を掲載いたしました。
⑫ 閣議の間
「閣議の間」は「王の寝室」の隣にあり「鏡の回廊」に通じていて、我々が最初に「王の寝室」に入ったのは「鏡の回廊」から「閣議の間」を通って入りました。この部屋が現在の形となったのは、ルイ15世治世下の1755年だそうです。ルイ14世が諮問(財務諮問と国務諮問)を召集した閣議室と、ルイ14世が夕食の後家族や近しい者と共に過ごした私的な場所である「胸像柱」の小部屋が結合してこの部屋が生まれたそうです。見事な装飾品で飾られていました。

右の入口を入ると「王の寝室」です。

角部屋も付属していました。

このドアの向こうが「王の寝室」です。

㉚ ルイ15世の寝室
閣議の間の別の方向の隣の部屋です。部屋の名前は調べ切れていません。

窓がある場所で3つの部屋が連なっていることが判ります。写真を撮った順番から見て、おそらく⑫の「閣議の間」から中庭に沿って東側に3つ連なった部屋だと思われます。

⑬ 牛眼の間
この「牛眼の間」は「第二控えの間」とも呼ばれており、「王の寝室」の隣の部屋です。それだけに見事の部屋でした。王の就寝・起床の儀式に備えて従者が控える待合室だそうです。

右のドアのある入口を入ると「王の寝室」です。

⑰ 王妃の衛兵の間
この「衛兵の間」には昼夜12人の衛兵が王妃の護衛に当たっていたそうです。ヴェルサイユ宮殿では、王と王妃と王子のみが自分の衛兵を持つことが出来て、その衛兵は王のもつ4中隊の精鋭部隊に属していたそうです。「衛兵の間」には王妃が訪問することがなかったことから修復されることがなかったことから17世紀の装飾がそのまま保存されている唯一の部屋でもあるそうです。

当時と物と思われる食器がテーブルに展示されていました。

部屋の中には我々が座れる椅子が置かれており休憩できる場所でもありました。

㉙ 衛兵の間
装飾品が無い部屋もありました。

ただし暖炉の上には絵画が1枚飾られていました。

㉓ 王妃の階段
右のアーチの奥が「王妃の階段」です。つまり階段上のホールです。

大理石で作られた巨大な階段でした。この階段は「大理石の階段」とも呼ばれています。

上から見ると重厚さが判ってもらえると思います。

階段を登って一番上に、紋章のような金の飾りがありました。

階段の中段から撮った写真です。上の金も紋章のような飾りが判ってもらえると思います。

1階から階段を見た景観です。

⑲ 1792年の間
ここは「商人の間」とも呼ばれているようです。沢山の人物像が飾られていました。

これはナポレオンの絵のようです。

ナポレオンの絵の下は細い通路になっていました。我々はこの通路から、この部屋に入ってきました。ただし、一方通行なので戻れません。

この写真でも沢山の肖像画が飾られていることが判ってもらえると思います。奥の入口を進むと⑳の「王子の階段」です。

⑳ 王子の階段
この「王子の階段」も広い空間にありました。

2階の彫刻群が印象的な空間でした。

正面の入口を入るとヴェルサイユ宮殿最大の回廊 / 部屋である「戦闘の回廊」です。

今回、工事などで写真を撮れなかった部屋を8年前の2008年11月6日に訪れた時の写真で紹介します。紹介するのは⑨の「平和の間」と⑪の「王妃の寝室」と⑱の「戴冠式の間」です。
⑨ 平和の間
平和の間は、鏡の回廊を挟んで戦争の間と対象に配置されている重要な部屋で、大理石と彫刻細工された金箔青銅の武具で装飾されています。しかしながら、丸天井には平和の恩恵が描かれています。ルイ15世の治世下では毎週日曜日に音楽会が行われ、次のルイ16世治世下にはマリー・アントワネットがその後を引き継いだそうです。


⑪ 王妃の寝室
王妃の寝室は居室の中心をなす部屋で、王妃はその部屋で大半の時間を過ごし、ここで眠り、たびたび王が訪れたそうです。朝は、ここで身づくろいが行われたそうです。その身づくろいは王の起床と同じくらい礼儀作法に乗っ取って行われたそうです。またこの部屋で、公開の出産が行われました。公開で行われたのは、ほんとうに王妃の子であることを沢山の人に証明するためだったそうです。

⑱ 戴冠式の間
この「戴冠式の間」は「祭典の間」とも呼ばれていて3方の壁にはそれぞれに巨大絵画が掲げられています。ダビィッド作の「ナポレオンとジョセフィーヌの戴冠式」と「シャン・ド・マルスにおける鷲章旗の授与」、そしてグロ作の「アブキールの戦い」です。部屋の中心には塔が立てられているのが特徴です。

ラベル:ヴェルサイユ宮殿
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生まれながら王室の方は
キラキラの中で育てば 気にならないのでしょうか?
当時のフランスでは、王は神の「代理人」となるそうです。確かにこのような建物の中で生まれて、一生を暮らすことになるのだと実感いたしました。
確かに!
私だったら豪華すぎで寝れないかもしれません。
交感神経が刺激されてリラックスできるのかしら・・・と庶民な私は考えてしまいました^^;
それにしても見れば見るほど部屋数が多い!お部屋の名前を覚えるだけでも大変そうですね~。
国王の部屋は豪華で、金メッキの欄干まであるのですね。
欄干私は見は落としていました。
王妃の部屋は、マリー・アントワネットの時代にはいつもここで
暮らしていたのですよね。
部屋の見取り図を掲載されて、宮殿の内部が手に取るように分かりますね。素晴らしいです。
須磨に住まわれた時が有ったんですか、
大阪に転勤になっていた時には、良く須磨離宮公園に
遊びに行っていました。
夜の噴水が綺麗だったことを思い出します(^_^)v
素晴らしい寝室ですね、
こんな所で寝たら、どんな夢が見れるのかな・・・
どの部屋も王様の寝室に近いだけあって豪華です。
王と王妃の部屋は2階で、王女や王子の部屋は1階に配置されていました。王の部屋が2階なのはセキュリティーのためだと聞きました。階段からも一番遠い部屋が「王の寝室」なのです。
配置図でも番号が空欄になっている部屋がさらに沢山あることが判ってもらえると思います。これでも宮殿全体のほんの一部なのです。確かに普通の人の寝室としては、派手すぎると言えるかもしれません。
ベットの上の4隅のフワフワの装飾が、特に東洋的に感じます。
撮った写真を、ネット上の写真と見比べて部屋の名前を特定いたしました。その点が、記事を書く上で一番労力がかかりました。
配置図に配置してみると、見落としている部屋があることが判りました。
結婚してすぐに須磨区に家を買ってから、東京に転勤になるまで住んでいました。須磨離宮公園には、山越えになりますが、時々歩いて行きました。
やはり当時の豪華絢爛なドレスでこそバランスがとれるのでしょうね。
タイムスリップして当時の服装や王宮生活を見てみたいものです。華麗だったことでしょうね。
どこを見ても豪華でキラキラピカピカしてたり絵がたくさん飾られてたり
シャンデリアが見事だったりの派手なお部屋があったり
反対に真っ白い部屋や落ち着いた色調の部屋があったりと
見応えがあってとても楽しめますね。
たくさんの部屋があり過ぎて写真と部屋を一致させるのが大変そう!
中央棟の2階に関しては全ての部屋の写真を撮るつもりでしたが、抜けが出るほど沢山の部屋がありました。その中で精一杯整理して掲載させていただきました。整理してみて、いろんな形の部屋があることが実感できました。
ルイ14世は4歳で即位したので、ほんと在位期間は驚くほどの長さです。人生のほとんどが国王だったのがルイ14世でした。
在位期間は1643年5月14日(4歳)~1715年9月1日(76歳)
生誕 1638年9月05日
即位 1643年5月14日(4歳8ケ月9日)
死去 1715年9月01日(76歳11ケ月27日)
細かい記述をされますよね。
金と深紅の装飾やアルコーブの欄干、歴史の重みが感じられてワクワクしました。隣の部屋からの景色も素敵で、配置図で全体像が掴めるとさらに面白いです。王妃の寝室が見られなかったのは残念ですが、次回の更新でぜひその謎を解き明かしてほしいです。
今となっては、偉大な遺産が残され、いろんな発展にもつながったのかもしれません。
ほんと、当時の布製のものが残されているのはすごいです。
ほんと、驚きました。フランスの歴史ですね。
せっかくなので、ついつい調べて書いてしまいます。
Nice‼ ありがとうございます。
ほんと豪華の極みですね。王妃の寝室が見れなかったのは残念です。次にまた行く理由にはなりそうです。でも行きたいところは沢山あるのでどうなるでしょう。
nice! ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。
娘さん しっかり通販ビジネスされているのですね。素晴らしいです。
お店の名前は菓子工房AZEで、トマトジャムだけでなくいろんなジャムを販売されているのですね。
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