

日光三彫刻の一つである「眠り猫」を紹介したら、やっぱり次は「三猿」の紹介をしたくなります。「三猿」と言えば上の写真の「見ざる・言わざる・聞かざる」です。
三猿である「見ざる・聞かざる・言わざる」の起源は未だ解明されていないそうです。よく似た表現は古来世界各地にあり、同様の像も古くから存在するからだそうです。しかし明治時代に日光東照宮の三猿が海外にも紹介されれて日光東照宮の三猿「見ざる・聞かざる・言わざる」が世界的に最も有名な三猿の一つとなったそうです。
三猿(さんざる、さんえん)の部分を拡大した写真も掲載いたします。
「眠り猫」と同じく左甚五郎の作ではないかとの記述が見受けられますが、想像の域であり公においては東照宮では「眠り猫」だけが左甚五郎作となっています。日光三彫刻とは「想像の象」と「三猿」と「眠り猫」です。

論語の「不見・不聞・不言」の教えが8世紀ごろ、天台宗系の留学僧を経由して日本に伝わったといわれています。いつしか語呂合わせ(ざる=猿)から猿と結びついたのでしょう。日本で三猿「見ざる、聞かざる、言わざる」の彫り物として有名なのが庚申塔です。その庚申塔で現存する中で三猿が彫られた最も古い庚申塔は寛永17年(1640年)なので、日光の神厩の三猿の方が5年ほど古いことになります。ただし、確定していませんが伊勢市辻久留で永享12年(1440年)と推定される三猿庚申塔があります。
参考に私の家の近所にある庚申塔の写真を掲載いたします。庚申塔の青面金剛と猿の関係はインドに起源があるそうです。



三猿は表門を入ってすぐ左にある神厩舎(神厩)の壁に飾ってある彫り物の一つです。神厩の通路側正面に5構図があり、右側(建物としての正面?)に3構図があり、合わせて8構図の中の一つの構図に過ぎません。


こちらが通路側正面で5面の猿の彫刻が確認できると思います。左から2面目が「見ざる・言わざる・聞かざる」を模った三猿です。子供の教育とは「悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないように育てなさい。」という教育を論じていると言われています。左から順番に(1)~(5)で、右側に回って(6)~(8)と飾られているのです。妊娠し、そしてまた子供が産まれれば、また最初の彫刻に戻るわけです。こうやって人生がくり返されていくことを猿の彫刻で表しているような気がします。通路側正面は左から(1) (2) (3) (4) (5)です。クリックすると拡大するのでわかりやすいと思います。(6)~(8)の構図があることは写真を撮った時は知らなかったことから(6)~(8)がある面の写真は残念ながら撮りませんでした。

(2) 悪いことを見猿・言わ猿・聞か猿
(3) 一人立ち直前の猿
(4) 大志を抱いて天を仰ぐ猿
(5) 迷い悩む仲間を励ます猿
(6) 恋に悩む猿
(7) 結婚した夫婦の猿
(8) 妊娠した母猿


「見猿・言わ猿・聞か猿」以外の構図も紹介いたします。
こちらは(3)の「一人立ち直前の猿」です。

そして、こちらが(4)の「大志を抱いて天を仰ぐ猿」です。

(1)と(5)も紹介します。3匹の猿が出てくる構図は(2)と(5)の2枚だけです。
(1) 母猿と子猿 (5) 迷い悩む仲間を励ます猿


(6)~(8)があることを知らなかって写真を撮りませんでした。そこでネットの写真を転用させていただき、紹介いたします。
(6) 恋に悩む猿 (7) 結婚した夫婦の猿 (8) 妊娠した母猿



私もこんなにも沢山の構図があるとは知りませんでした。物語があることも知らなかったので1枚の構図として撮ったのは(2)と(4)だけでした。行く前に調べておくべきだったと反省しております。
三猿以外にも、こんなにあるとは知りませんでした~
勉強になりました。
知らなかったのは私だけじゃなかったので安心いたしました。私も勉強させていただきました。
やっぱ 三猿 ははずせないですよね
いいですね
三猿、色々あるんですね。
見方が変わりました。
三猿は、すごい人気でした。沢山の方が写真を撮られているのが判ると思います。
8面の物語になっているとは知りませんでしたこの次は「見ざる、聞かざる、言わざる」以外も、もっとしっかり見ると思います。
8面もあって物語があるとは知りませんでした。
ガイドさんが説明されたけど
ちゃんと聞いてなかったのかもしれませんね。
あるんですね。
わがふるさとの聖天様にも猿の彫刻が
あり、甚五郎作とも言われていますが
弟子の作とも・・・
高校の修学旅行は懐かしいです。ガイドさんの話を覚えている方がすごいと思います。日光東照宮よりもみんなとワイワイするのが楽しかったのではないでしょうか。
私の高校の修学旅行は北九州でした。ルートは次の通りでした。
10月26日・神戸港出航→城島高原→臼杵石仏→風蓮鍾乳洞→内牧→阿蘇草千里→阿蘇火口→熊本城→三角港→島原→雲仙→長崎→三宮駅着・10月30日
左甚五郎作と伝承されている猿の彫刻が故郷にあるのはいいですね。1179年に創建された聖天様ですね。いろんな歴史を見て来たのでしょうね。
今度行ったら他の猿も見て来ようっと。
眠り猫の絵馬(絵猫)を魔除けにしてます。
眠り猫の絵馬とはいいものを持たれていますね。羨ましいです。せっかく行ったのに思いつかなくて買わなかったです。
いかに小学校の頃、勉強しなかったかがバレてしまいます(笑
小学校では三猿以外の猿の彫刻は教えてもらえなかったようなな気がします。でも、是非とも教えてほしいです。
暑かったこと、奥の院までいったこと、
奥の院だけで手に入れられるお守りを買ったことはいい思い出です。
見やすいです。
奥の院の御守りはいい思い出ですね。確かに売られていましたが、買わなかったことを後悔しています。
側面は是非とも知ってほしいです。今回、紹介できてよかったです。
ネットでも(8)の妊娠の母猿は正面からの写真が見当たらないことから、側面側に深く回り込めないのではないかと想像しています。
実は画面認証の設定は、何も変えていないけれども文字が大きくなって色も変わりました。他の人で同じようになっている人はまだ見つけられていないので、ほんと不思議です。
ただし楕円のない画面認証を使われている方はありました。
でも、実物を見たことはありませんが。。。
殆どTVの情報ですね。。
1回ぐらいはナマを見ないといけませんね。。。(笑)
最近、テレビででよく日光東照宮の放送をよくやっているように感じます。それだけに皆さんに知られているようです。
物語になっているのも初めて知りました。彫刻だけでなく彫刻の意味もしっかりと400年続いてきたのには驚かされます。