パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が4/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
の場合はクリックすると拡大します。
世界遺産となったムンバイの駅舎もすばらしいけれど、ムンバイの街の中には沢山の昔の建物が残っています。車の中から撮った景色をいくつか紹介します。この建物はムンバイ市議会の建物で世界遺産のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅と道を挟んで建っています。町の呼名は1995年にボンベイ(Bombay)からマラーティー語のムンバイ(मुंबई/Mumbai)に変わりました。
ボンベイ/ムンバイ(都市圏人口2075万人)には8度訪問(1992年7月、1995年11月、2005年10月、2008年2月、2009年1月、2009年6月、2009年9月、2009年11月)しました。 1995年までボンベイが使われていたのでボンベイ時代に2度行ったことになります。
デリー(首都圏人口2175万人)にも8度訪問(1992年7月、1993年2月、1993年7月、1995年11月、2000年11月、2004年9月、2008年2月、2009年1月)としています。
なお同じ旅の中で2度以上訪問している場合も1度で計算しています。
これはボンベイ大学(Indian Institute of Technology Bombay)かあるいはその近くの建物です。
特にこのあたりは古くて綺麗な建物が立ち並んでいました。
町の名前はムンバイに変わりましたが、大学の名前には今でもボンベイ(Bombay)が使われています。

これもボンベイ大学の近くのオフィス街です。 緑がきれいです。

通りの雰囲気が出ていると思います。

名のある建物かどうかはわかりませんが、立派な大きな建物でした。

このあたりは大きな建物が多かったです。






英国風建築物に見えます。
実際に行って見てみたいです♪
実際に英国人が建てた建物もありますが、英国の影響でインドの人が建てたものが多いと聞きました。英国とインドのデザインの合体というところでしょうか。
なんでしたっけ???(もう記憶が。。。)
それにしても、素晴らしい建物です。
左右対称みたいになっているのが美しいと思います。
それは2008年11月26日にムンバイで起きた同時多発テロ(主に銃撃)ではないでしょうか。私の記憶でも最近のような感じですがもうずいぶんと経ちました。172人が死亡しそのうち34人が外国人(18ヶ国)でした。日本人にも2名の死傷者が出ました。特に有名なムンバイ屈指のホテルであるタジマハールホテルでの被害がひどく世界中に衝撃が伝わった事件です。
本当に芸術って感じの建物が多いですね。
イギリスの影響の建物で古い建物が残っています。歴史を感じます。
nice!です。
(^o^)
NICEです
ムンバイもコルカタもなかなか馴染めません。
私たちはボンベイ、カルカッタで教わったんです 😂
素晴らしい。
人も車も多いですね。さすがインドです。
nice! ありがとうございます。
訪問 ありがとうございます。
ほんと 昔の歴史ある建物が残されているのに感動します。
NICE ありがとうございます。
ほんと 歴史を感じます。
確かにボンベイやカルカッタのほうが馴染みます。
初めてインドに行った時はボンベイやカルカッタでした。
カルカッタには行きませんでしたが、インドのプロジェットのかなりの物を現地製作をしました。
ほんと素晴らしい建物が残されていました。
世界遺産になっている建物もありました。
https://makkurokurosk.seesaa.net/article/2009-11-15.html
ラッパの標識を気が付かれましたね。その上、調べていただけたのです。
インドに初めて行った時に、車道関係なしに歩いている人が沢山いて、やたらとクラクション鳴らす車が多かったことを覚えています。
そんなことからクラクションを禁止する場所が増えたのだと思います。
確かにラッパの標識は印象的でした。
ほんと使われている石の色が素晴らしかったです。
これが世界遺産になるいろなのかもしれません。
歴史を感じてもらえて、写真を掲載した甲斐がありました。
Nice‼ ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。
石造りの建物は、どれも立派でした。
ほんといつまでも残してほしいものです。