モロッコのカサブランカ絡みの記事を13ブラシュアップして紹介させていただいたことから、オーストラリアの記事を5ブラシュアップして新記事と合わせて6記事紹介します。本記事が6/6です。
オーストラリアのシドニーには同じ年の9月08日~9月13日と10月28日~11月01日と11月11日~11月16日に訪問しました。
の場合はクリックすると拡大します。
28年前のオーストラリアの特別な写真を紹介いたします。
シドニーといえばオペラハウスが有名ですね。
でもこの写真は特別なのです。オペラハウスの正面の広い階段の右端の方に白いものが写っているのに気が付いていただけると思います。
こちらが日付(1997年9月10日)が入ったオリジナルの写真です。
そう1997年8月31日のダイアナ妃の交通事故死を悼む花束です。

丁度、事故があった直後にオーストラリアに行ったのです。
その時に撮った写真でした。 みんな本当に悲しんでおられました。 ここの国の人はイギリスへの思い入れは特別なものがあるように感じました。
シドニーに1997年9月8日から9月13日まで滞在していて、今回紹介の写真は1997年9月10日に撮りました。
つまり交通事故死から10日目の写真だったわけです。
この年(1997年)には、さらに10月28日~11月1日と11月11日~11月16日にシドニーに行きました。

上の写真を拡大いたしました。
オペラハウスの裏の景色も紹介いたします。ほんとうに静かな朝でした。ダイアナ妃は1986年と1990年と1995年の3度来日しました。その1986年の最初の公式訪問は、ダイアナフィーバーと呼ばれる中での訪問でした。 その訪日時に私の勤めていた事業所にも訪問してもらえましたので、鮮明な記憶として残っています。 私の勤めていた3階の窓からは角度的に直接姿を見ることは出来ませんでした。 そこは私が新入社員として最初に配属になった事業所だけに印象的な出来事でした。 1986年5月8日午後7時40分に浩宮徳仁親王の出迎えの中、英国王室機で伊丹空港にダイアナ妃とチャールズ皇太子が到着され、宿泊先である京都大宮御所に向かわれました。 翌日の5月9日にダイアナ妃が着た右の写真の日の丸の水玉ドレスは特に有名でした。
5月10日午前に大阪や神戸を訪問され、午後には伊丹空港から東京に向かわれました。訪日のフィナーレを飾ったのは5月13日夜に皇居・豊明殿で行われた昭和天皇主催の宮中晩餐会で、晩餐会を終えた後の午後9時27分に羽田空港から帰国の途につきました。

オペラハウスの航空写真も紹介しておきます。
うぐいす色マーク(

冒頭の写真に近い角度のストリートビューです。
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牡蠣をはじめ美味しいシーフードを食べたことが印象的です。そのころはブログをやっていなかったので、料理の写真を撮っていないのが残念です。写真を撮っていたら、15年前のシーフード料理とでもタイトルをつけて掲載したかもしれません。
元皇太子妃が交通事故で亡くなったことは世界中に衝撃が広がりましたが、ヨーロッパだと大きく取り上げられたでしょうね。1996年8月28日に正式離婚したので、1年3日目でした。
そうでしたか、1997年にオーストラリアにいらしたのですね。
オペラハウス前の階段の花束は、本当に悲しさが伝わってきますね。
朝のオペラハウスはあまり人がいなくて、静まり返っていて一層鎮魂の様子が伝わってきます。
私の最初の海外旅行は2001年で、このオーストラリアでした。
ダイアナ妃の事故の4年後ということになりますね。
オペラハウスにも行きまして、内部も見せてもらえました。
初めての海外旅行がオーストラリアで2001年でしたか。いろんなところに行かれたのでしょうね。オーストラリアには3度行きました。この写真を撮った時が初めてでした。でも写真がほとんど残っていません。ちょっと残念です。
これも30年近く前です・・・・ついこの間のような気がしているのに・・
思わず写真を見入りました。
私がこの街へ行ったのは2回。
30年近く前と6年前です。
海外初体験は、オーストラリアで、
キャンベラの都市計画を視察、そのあとでシドニーでした。
6年前、60歳を記念して
連れと二人でメルボルン、そしてシドニーを楽しみました。
オペラハウスは大きく変わりませんでしたが
港周辺は都市開発で様変わりしていました。
でも、なぜかアットホームか気分にさせるのは
同じです。国民性なのでしょうね。
インドだけでなく、いろんな国に昔からよく行かれていたのですね。シドニーも30年前ですか。私が初めて海外に出たのは1988年2月29日(月曜日)だったので24年8ケ月前です。場所は台湾でした。
私も数えてみて15年前になるのだと感じてしまいました。早いものです。
お二人で海外旅行とは羨ましいです。私も時間が出来たら行きたいと思っています。シドニーは印象的な町でした。
あの事故からもう15年も経ったのですね。
とても残念に感じた事を思い出します。
オーストラリアには何度か訪れているので写真やフィルムが
たくさん残っていますがなかなか整理できずにおります。
SORIさんは、いつもきちんと整理されていらして素晴らしいですね。
残っていたフィルムを写真屋さんに頼んでデジタル化してもらいました。このようなジジタル化の時代が来るとは想像していなかったので邪魔になるから捨てようかと思っていました。実際に沢山のフィルムを捨ててしまったのが残念です。フィルムからだと鮮明なデジタルのデーターになります。拡大してみるとアナログの世界が体験できます。
1986年5月に来日されたときに訪問してもらえました。ダイアナ妃が25歳でほんとうに若々しく輝いている時でした。
訪問の詳しい事情は知りませんが皇太子が製品に興味があったのと、古くからイギリスと関係が深くイギリスに会社を作ったり、イギリスの有名な会社と関係が深かったことなどが関係があったのだと思います。エリザベス女王の晩餐会に駐在員が招待されたこともあるようです。
オペラハウス、素敵な建物です。
今回、空の上から写真を見て、初めて細長い建物であることを知りました。地上からとはイメージが違っていました。今でも通用する美しいフォルムを見せてくれているようです。
ダイアナ妃の死去は大変ショッキングなニュースでした。
さすがにイギリスと繋がりの深いオーストラリアだけあって、すごい花束の数ですね。
18年も前のことですが、記憶が鮮明に残っています。オーストラリアは特別な雰囲気でした。
日本に来られた時の水玉のドレスが印象的でした。
訪日用に作られた水玉模様のドレスの写真を追加させてもらいました。まだにみんなの記憶に残っているのですね。
やっと蘇って来ました...更新も訪問もしない私のブログを
覗いて下さってあリがとうございました。
涼しくなって来たので又、始めようと思います・・・宜しく!!
ダイアナ妃の記憶は沢山の方が思い出されたでしょうネ・・・年月は
早いもので、生きていれば孫が出来ているのですね。
若い綺麗なおバァちゃんだろうなぁ・・・と想像します。
最新の記事に載っていた鰻には驚かされました。
ほんと、若い綺麗なおバァちゃんだと思います。健在ならば54歳ですね。
シドニーのオペラハウス、懐かしい。
もう一度行きたい。
ダイアナ妃は美しい人で、亡くなれたのは早かったですね。
とても残念です。
シドニーで、オーストラリアに来たことを一番感じられるところですね。今度行く時は観光で行きたいものです。
nice!です。
ダイアナさん、もっともっと生きていてほしかったなぁ。
城址跡など数か所を訪れた事有りますのでゆっくりと
思い出を辿ってみたいと思います。
シドニーに限らず朝は静かな方がいいですね~。
もう30年も経つんですね。。。。
日本に来た時の美しさに感動しました!
nice! ありがとうございます。
ほんと 事故が起こらなければと、悔やまれます。
ほんと、特に海外では朝練が多かったです。
ほんと岐阜はお城が多いのに驚きました。
いくつも岐阜の城を見られたことがあったのですね。
母親の存在は、偉大です。
静かな朝には癒されます。 海外では朝の散歩をよくしました。
時が経つのは早いです。
思い出に浸りました。
nice! ありがとうございます。
当時、我々の部門は若手(&独身)を2年間ロンドン事務所に派遣するのが恒例だったので、イギリスは特別の思い入れがありました。
Nice‼ ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。