初めてカザフスタンとウクライナ行った時のフライトの記事を3つ連続掲載させていただきました。 残りのカザフエタン出国から帰国までのフライトの4つの記事をブラシュアップして紹介させていただきました。
本記事が2/4です。
この時の旅のフライトの移動は成田(7/7 OZ107)→ソウル(7/7 KC910)→アルマトイ(7/8 KC863)→アクトベ(7/9 KC864)→アルマトイ(7/10 VV430)→キーウ(7/10 PS3)→ドニプロ(7/12 PS8)→キーウ(7/13 Z6・621 )→ヘルシンキ(7/13 AY73)→成田(7/14) でした。
の場合はクリックすると拡大します。より大きな地図で ウクライナ国内 飛行ルート を表示
ウクライナの首都キーウ(キエフ)とヒマワリ畑に近い地方都市ドニプロペトロウシクを往復したフライトを紹介します。 カザフスタンのアルマトイ(アルマティー Almty)からウクライナの首都キーウ(旧名はキエフ)に着いてすぐに、その空港からウクライナの目的地であるドニプロペトロウシク(ドニプロ)には、空港から直接、国内線に乗り換えて向かいました。つまりカザフスタンからキーウで乗り換えて一気にドニプロまで行ったのです。 黄色マーク(ちなみに左上の赤い炎のマーク(
ドニプロへの行に乗った
飛行機はウクライナの飛行機会社ドニプロアヴィアです。乗った飛行機は、この飛行機会社が所有している飛行機の中では一番小さいエンブラエル ERJ 145でした。ドニプロアヴィア(Z6 ウクライナ)
ボーイング737-300 2機
ボーイング737-400 1機
ボーイング737-500 3機
ボーイング767-300 1機
エンブラエル145 11機
エンブラエル ERJ 145はブラジルの航空機メーカーであるエンブラエルが開発した、ターボファン双発のコミューター路線用ジェット旅客機(リージョナルジェット)だそうです。この市場の航空機としてはベストセラーを記録しているとのことでした。赤の矢印が今回の飛行機です。航空会社が2つあるのは共同運航便です。

首都キーウと、第二 or 第三の都市であるドニプロペトロウシクとの間の飛行機にしては小さいのに驚きました。でも一日に3つの航空会社(Z6 PS VV)が6便ほど飛ばしていることから、たまたま小さい飛行機だったのかもしれません。

飛行に乗る風景です。写真に写っている乗客は21名ですが、その内、12名が女性です。女性が活躍している国なのでしょうか。

飛行機からの窓の景色です。ウクライナは農業が盛んで田園風景が広がっていました。こちらの写真はクリックすると拡大します。

国内線ですが、食事も付いていたので紹介します。
サラダに鶏肉です。 スポンジケーキもついていました。

目的地のドニプロペトロウシクに近づいた景色です。川が印象的でした。

ドニプロペトロウシク空港です。

先ずはタクシーでホテルに向かいました。
左の女性は飛行機の中から撮った搭乗時の写真にも写っています。 我々の仲間でした。

ドニプロペトロウシク(Dnepropetrovsk または ドニプロゼルジンシク)からキエフへの帰りのフライトもドニプロアヴィア(Z6)でした。 帰りの飛行機も小さい飛行機でした。 これは偶然なのかそれとも全て小さい飛行機なのかは判りません。 ドニプロペトロウシクの記事は下記の通りで今回で終了です。 こちらの町でもいろんな記事が書けましたが一番印象的だったのは「ひまわり」でした。 下記リストは戦争終了後にブラシュアップしたいと思っているドニプロペトロウシクの記事です。

ウクライナと言えば! ひまわり畑
ウクライナでドイツビール
湖畔のレストランでウクライナ料理
ドニプロペトロウシクの教会
セレブなプライベート・パーティー
パンタグラフ
この円筒はなに?
何気ない町の風景 Dnepropetrovsk
ウクライナの地方都市のホテル
レンガ造り
リバーサイドレストラン
レストランから見える列車の走る風景
着色の文字をクリックすると、ブラシュアップ前の記事を表示します。
キーウへの帰りのフライト名はZ6 008(VV 4008)です。 Z6は日本では航空券が買えなかったためにウクライナで買っていてもらいました。 ちなみにVV(アエロスヴィット航空)やPS(ウクライナ国際航空)は日本で航空券を買うことが出来ます。 出発は19時00分ですがまだ明るかったです。

キーウへの帰りの便の外の景色を紹介します。ウクライナの雲でした。

ウクライナの豊かな穀物を支えている畑の景色が続いていました。

夕刻にキーウ空港に着陸しました。 明るく見えますが日本だと真暗な時間帯(20:00ごろ)です。

キーウ空港です。

キーウに着いたのは夕刻(20時)でした。20時になるとさすがに暗くなってきました。
ホテルについた後、キーウの町を散策いたしました。

【関連する記事】
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スリムな飛行機ですね。何人乗りでしょう?
この飛行機は約50人乗りです。通路を挟んで右側が2人で左側が1人の飛行機でした。CクラスもYクラスも椅子が同じで食事がついているのがCクラスでした。
普段、見上げて観ている雲を上から観るのって、
なんだか不思議な気分がしますが、気持ちが良さそうですね。
いつもSORIさんのブログで拝見してるのに、
なぜか今回、そんな風に感じてしまいました。
ひまわり、キレイでした〜。お料理も美味しそう。
セレブパーティーの赤い髪のマダムが気になりました。
次のキエフって、チェルノブイリの近くですよね…。
何度見ても雲の上からの雲の景色はきれいです。空は地上がどんなに曇っていても晴れているのがすばらしいです。
他のウクライナの記事を見ていただいてうれしいです。
動画を掲載していますがセレブ・パーティーの踊りも迫力がありました。チェルノブイリから西や北東は数百キロにわたって放射能の影響が出たようですが、キエフはチェルノブイリから南東に110kmにもかかわらず地形や風向きの関係で被害はほとんどなかったようです。
キエフといえばカツレツしか思い浮かばない私です。
「ドニプロペトロウシク」って、呪文みたいでなかなか覚えられそうにありません。
ひまわりの記事拝見しました。
遙か遠くまでひまわり!
圧巻ですね〜。色のコントラストが美しい!
読んでいて落ち着く風景でした。
飛行機の小さいのにはびっくりでしたね。
朝早く起きてすぐ見させてもらいましたので
残りの記事はゆっくり見ますね。
楽しかったです。
私も、ウクライナんいる間は、町の名前は「ドニプなんとか」と言っていました。 今でも文字を見ながらでないと町の名前がいえません。自分が行った場所の名前が覚えられない長い名前です。
ひまわりの写真を見ていただけたのですね。うれしいです。
ウクライナには沢山の航空会社があるのに驚きました。知らない航空会社だったので、ちょっと怖かったけれども楽しいフライトでした。
ここの機内食は素材の味を生かしたって感じで、
一度食べてみたいって思いました。
ウクライナは大国でした。旧ソ連の技術力を支えたのはウクライナのような気がしました。
現状は 観光にも行けない状況でしょうかね
ウクライナはソ連時代の穀倉地帯で習いました。
今日の武爺の絵日記での観覧車、ちょうどお昼を
食べてる時の写真です😀
チェルノブイリはこんな場所にあったのですね
ビルマ→「ミャンマー」は流石にもう慣れましたけど
海外旅行はいいですね
訪問 ありがとうございます。
はい 戦争前の平和な時でした。
ほんと、農業が盛んな国で工業も発達していました。
肥沃な場所なので狙われるのかもしれません。
ほんと肥沃な場所でした。
お昼の写真を加工されたのですね。
現代は内陸まで無人機やミサイルで攻撃されるし、近くまで攻められている地域なので、まったく違う景色になっているのではないかと心配しています。
ほんと戦争が終わってほしいです。
戦争が終結したらウクライナの記事をブラシュアップして再掲載するつもりでいます。
我々にはキーウは都市名として発音しずらいこともあるのでしょうね。
確かにミャンマーは慣れました。一度だけ行きました。
もうすぐ1ケ月になりますね。
早く良くなってください。
ほんと悲惨ですね。
ロシアの侵攻は2022年2月24日からなのでもうすぐ4年です。
早く終わってほしいです。
nice ありがとうございます。
ほんと、細長い飛行機でした。
乗る時に、結構ワクワクしました。
Nice‼ ありがとうございます。
早く心配なく旅が出来るようになってほしいものです。