ベトナム・ホーチミンの11記事のブラシュアップを完了したことから次にベトナム・ハノイの35記事をブラシュアップして紹介したいと思います。本記事が7/35です。
ベトナムに初めて訪問したのは1998年で、それ以来16回訪問したことからブラシュアップのための写真が探せなくて、ベトナムの記事では一部の写真の解像度が上げられないことをご了承願います。
の場合はクリックすると拡大します。
帰国する日に時間があったので
ハノイの町を散策していると趣のあるレンガ造りの塔があったのでさっそく行ってみました。ここはザーロン帝によって1805年から7年間かけて作られた宮殿のための監視塔でした。今は国旗掲揚塔(旗の塔)として残っていました。八角柱が印象的な塔で高さは33.4メートルです。国旗掲揚台(フラッグタワー)とも呼ばれていました。タイトルには200年前と書きましたが、完成した1812年(1805年+7年)は正確には2025年から213年前になります。
オリジナルの写真は右のように暗かったので画像調整をして掲載させていただきました。
塔はレンガ造りの正方形の2段の建物の上に建設されています。建物の1段目は1辺が42メートル、2段目は1辺が15メートルで東西南北の4面に扉があります。
インドシナ戦争末期の1954年3月から5月にかけてのディエンビエンフーの戦いでフランス要塞が陥落し、同年10月10日にベトナム軍が首都を解放しました。その際にベトナム軍及びハノイ市民により、この塔に現在のベトナム国旗である金星紅旗が掲げられました。この国旗は当時のベトナム民主共和国の勝利の証であり、ベトナムが独立・自由・幸福を得た新たな歴史の幕開けを飾ったそうです。こちらの写真も右の写真を画像調整しました。
この塔は

写真のように螺旋階段は狭いために登る人と降りる人のすれ違いが大変でした。この写真は降りるときに撮ったものですが、なんとか登りきることが出来ました。一番上に展望室の八面からはハノイ市内や目の前にある遺跡を見ることが出来ました。写真をクリックすると拡大します。

こちらが展望室です。

展望室内は沢山の人でいっぱいでした。

展望室からハノイ市内の方向の景色です。

これは目の前のハノイ城跡の端門です。この左側に最近発見された世界遺産のタンロン遺跡がありました。ちなみに正面の端門も含めて世界遺跡に認定されました。

ハノイ城跡の端門を拡大しました。

端門から見た国旗掲揚塔です。

タンロン遺跡や旧ハノイ城跡の端門との位置関係は下記の地図でわかると思います。
軍事歴史博物館がすぐそばでした。

監視塔の前には昔の大砲と石の砲弾が展示されていました。
インドネシアのジャカルタでも石の砲弾と思われるものを見ました。→ポチッ





丸い石を撃っていたようですね。
長い人類の歴史の中では石の砲弾の時代はほんの少しまえなのでしょうね。
大砲!!
200ねんものとは、歴史を感じる。
これからSo-netでのお付き合いが始まるのですね。こちらこそよろしくお願いいたします。いつまでも残って欲しい風情でした。
200年前の建物を今でも大切に国旗掲揚塔として使っているのがすばらしいと思います。沢山の人が上り下りしても壊れないのもすばらしい煉瓦造りのデザインだと思います。
まだ一緒に行ったことがないので、近いうちにでも行ってみたいなって話してます。
食べ物もおいしいしなど、ベトナムはいいところですね。偶然ですが、作治ベトナムのホーチミンを中心に紹介する番組をテレビでやっていました。
戦争と社会主義国のイメージが強く
以前は観光とか考えられなかったんですが
今は全然そんなことないですものね^^
ベトナムは魅力のあるところになりました。日本の数十年前の状態のところも残っていて、驚かされることも多い国でもあります。
nice!です。
こういう階段を登るのは、ワクワクしますね。
大砲と石の砲弾、展示物だとしてもちょっと怖いですね。
古き良き文化遺産が後世に残る平和な世界になりますように
人間の愚かさの象徴が戦争。
よくレンガ造りで200m、倒れないで頑張っていますね❗
夕方で時間がなく外から見ただけでした
ナイスです♪
ハノイ良いですね
行って見たかったです♪♪
かなり年季の入った建造物ですね。
本当に大変なんですよね。
nice! ありがとうございます。
登るのに疲れた人の為でしょうか。
座って景色をゆっくり見るのもいいかるしれませんが、単三の人がいたので諦めました。
パリの凱旋門も螺旋階段でだったことを思い出しました。
でも凱旋門は登り専用階段と降り専用階段の2本ありました。
戦争の爪痕を残しておくことは後世のためになると思います。
戦闘機の残骸で作ったモニュメントもありました。
ほんと、沢山の人が上っていました。
旧ハノイ城跡は素晴らしい景色でした。
古い監視台などが残されて観光スポットになっていました。
人が住んでいる町が破壊されるのは心が痛みます。
将来に、戦争のない世界があることを願っています。
そうでなければ人類は破滅するかもしれません。
よく残されたと思います。
現代は観光スポットです。
城跡に行かれたのですね。うれしくなります。
ホーチミンとは違う雰囲気がありました。
ハノイは10回、ホーチミンは13回訪れました。
200年の年月はすごいです。
きっと補修もされていることでしょう。
nice ! ありがとうございます。
特にすれ違いは大変でした。
ハワイのダイヤモンドヘッドの52段の螺旋階段は登り専用になっていました。下りは登山道でした。
我々が行った時もハノイ城も含めた周辺では発掘が続けられていました。
Nice‼ ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。
それにしても宮殿作りのための監視塔だったとは、立派すぎますね(^_^;)
監視塔が残されているのは素晴らしいです。
上からの景色も良かったです。
石の砲弾には驚かされました。
その時代は鉄は貴重品だったのかもしれません。