写真の上のカーソルが
の場合はクリックすると拡大します。



この地図の空色のマークの位置が、ホテルの場所です。マークをクリックすると名称を表示します。
より大きな地図で Aktobe を表示
チーズたっぷりのシーフードサラダというところでしょうか。チーズがたっぷり乗っているところがカザフスタン風なのかもしれません。
こちらもチーズがたっぷ乗った「きのこ」のクリームシチューのようなソースの美味しい料理でした。味わって見て、こちらのホテルのレストランは一流の味であることが徐々にわかってきました。昼食で食べたボルシチもすばらしかったです。

ロシアの特徴である黒パンも出てきました。

これらを肴にしてビールです。写真のピントはバックのテーブルの方にあってしまったのでレストランの雰囲気もわかってもらえると思います。写真をクリックすると背景の山の絵の拡大写真を表示するようにいたしました。

こちらのレストランでは日本風の料理も食べれるのが特徴でした。肉がたっぷりの野菜炒めです。

こちらは、まさに焼肉でした。次のような飯類もありました。
親子丼 Oyakodon 550テンゲ 310円
鰻玉丼 Una-Tama don 1500テンゲ 847円
牛丼 Gyudon 500テンゲ 282円
シーフード焼飯 Tennpanyaki rice with seafood 1300テンゲ 734円
野菜焼飯 Tennpanyaki rice with vegetables 550テンゲ 310円
ごはん Gohan 500テンゲ 282円

こちらが冒頭の写真です。究極の日本食であるお寿司もありました。これには驚きでした。ここはカザフスタンの首都アスタナでもなく、最大の年アルマトイでもなく、日本人が住んでいるとは思えない砂漠の辺境の町アクトベなのです。そこで、お寿司が食べれるとは!
辺境の地ではありますが、人口はカザフスタン5番目(38万人)の町です。サーモンと鰻のお寿司を頼みました。

メニューのお寿司の部分ですが、メニューでは日本食の部分に4ページも使うほどの力の入れようでした。メニューはカザフ語とロシア語と英語の3種類が書かれています。左側がカザフ語とロシア語で右側が英語でした。クリックすると拡大するのでメニューが読めると思います。一番下の9品の「デラックス盛り合わせ(Delux Moriawase)」の寿司の内容を紹介いたします。値段は15000テンゲ(約8470円)です。「巻き盛り合わせ(Maki Moriawase)」かが5500テンゲ(約3100円)で、「寿司盛り合わせ(Sushi Moriawase)」が6500テンゲ(約3670円)でした。単品の巻物は550~1600テンゲ(310~900円)です。ちなみに一番安いのがカッパ巻(Kappa Maki)です。

Unagi nigiri
Izumi tai nigiri
Maguro nigiri
Hotate nigiri
California maki
Unagi maki
Maki with baked salmon
Philadelphia maki

ホームページに、こちらのレストランの動画があったので紹介します。残念ながら日本食は出てくなかったですが、雰囲気は伝わってくると思います。
実は、ここは小さいホテルでしたがカザフスタンの大統領も訪問するほどのホテルでした。ホテルの壁には有名な人と思われる方々の写真が沢山飾られていましたが、この写真はその中の一枚です。

ホテルの中は日本風の絵が沢山飾ってあったことからも日本にこだわっていることが感じられました。

地方の小さなホテルではバーはあるけれども早くしまってしまうことが多いけれども、こちらではバーも遅くまでやっておりカクテルを楽しみました。

ついカクテルの、おかわりもしてしまいました。

ホテルの部屋も紹介いたします。寝室と居間が分かれたタイプでした。

長期に滞在する人にも対応できるようにしているのでしょうか。キッチンや大形冷蔵庫もありました。

少しアクトベを紹介いたします。ネットでの記載内容です。
マークの場所がお寿司が食べれたカザフスタンのアクトベ(Aktobe)です。首都アスタナ(Astana)では日本食店はありません。
ラテン文字表記はAqtöbe(またはAktöbe、Actöbe)。ロシア語ではアクチュビンスク(Актюбинск)と呼ばれる。
住民の民族構成は多彩で、カザフ人とロシア人を始めとして、ウクライナ人・タタール人・ウイグル人・チェチェン人・アルメニア人・ユダヤ人・ギリシア人などが住んでいる。ペレストロイカ以前はドイツ人の大きなコミュニティがあった。
アクトベという名はカザフ語で「白い丘」を意味し、19世紀の入植地であった丘に由来する。 1869年3月、ロシアはオレンブルクからのキャラバンルートに当たるこの地に軍事要塞を建設、周囲にスラブ人が農業のために入植を開始した。要塞は拡張され町も大きく整備された。1891年、アクチュビンスクという名の市に昇格した。1901年にはトランス・アラル鉄道も開通した。 ロシア第一革命ではボリシェビキが活発な反政府活動を展開、ロシア革命で完全にアクチュビンスクを掌握した。その後、戦略的に重要なアクチュビンスクをめぐって赤軍と白軍が激しい争奪戦を展開、1919年4月、アクチュビンスクは白軍の手に落ち、ボリシェビキの中央アジアへの連絡路は断たれた。しかし、9月になるとミハイル・フルンゼのボリシェビキ軍は激戦の上、アクチュビンスクを奪還、以降、タシュケントへの鉄路は赤軍の掌握するところとなった。1920年、キルギス自治ソビエト社会主義共和国が誕生し、その後、カザフ・ソビエト社会主義共和国のアクトベ州となる。 第二次世界大戦では、工場がロシアやウクライナから疎開、フェロアロイ工場やクロム工場も移転してきたため工業都市として飛躍することになった。1990年代以降、アクトベのヴォルガ・ドイツ人たちはドイツへと帰還した。
カザフスタン最大の都市アルマティー(Almaty)でも日本食店は2~3店しかないことから首都アスタナや最大の都市アルマティーから遠く離れた、この場所で寿司が食べれたことが、どれだけすごいことかが、判ってもらえると思います。
日本人が、ほとんど行かないところでもお寿司が人気なのは驚きました。
海外で日本文化に触れられるというのは
面白くもあり、何だか嬉しいですね。
キノコのクリームパスタ(なんでしょうか?)美味しそうです!
さすがです。パスタです。絡められたソースが美味しかったです。
カザフは日本人に似た人が多いのも偶然だけではなさそうです。
このように日本から遠く離れた場所でお寿司に出会えるとは思いませんでした。
とても美味しそうでした。
チーズ好きな私にはたっぷりかかったチーズが
たまらないって感じです。
カザフスタンはチーズの国ですね。牛や羊や馬たちが沢山いる国でした。ラクダの乳の酒も飲みました。
カザフスタンの方が作られたのでしょうか?
私も、25年程前にカナダで巻き寿司を食べたことがあります。
シェフはもちろんカザフスタンの人だと思います。カザフスタンの地方都市ですから、少なくとも日本の板前さんではないとおもいます。
25年前の海外のお寿司とはすごいです。
メニューの写真のお寿司が出て来たらビックリしますね。
カザフでもお寿司が食べられるんですね。
大連にも吉野家がありましたよ。
カザフスタンは日本食店は少ないと聞いていたので地方都市のホテルでお寿司が食べれたのには驚きでした。
上海の吉野家の牛丼は高かったですね。大連も同じでしょうか。
最初に出店した時は苦労したと聞きました。
カルフォルニア巻はよく聞きますが、フィラデルフィア巻(Philadelphia maki)というのがあることをカザフスタンで知りました。ネットで調べるとスモークサーモンとクリームチーズ使ったカルフォルニア巻のような巻寿司だそうです。
鰻玉丼まであるなんて本格的♪
ビールをクゥ~っと・・・美味しそうですね!
意外と本格的なのに驚きました。何度か利用している方に料理を選んでもらったので頼んだ料理に間違いはなかったです。
日本食の値段を見ると鰻を使った料理が一番高くて、次がシーフード系で、最も安いのが肉を使った料理でした。牛丼が282円で白いご飯も282円なのにも驚きで、その点からも内陸部だと実感いたしました。
大ジョッキがあるのもうれしかったです。やっぱりビールはいいですね。
日本食がブームなのはうれしいですね
拝啓の絵に富士山のようなきれいな山が
描かれてますね
どこでも、日本食が食べられるようになりましたね。
世界でブームなんですね。。
ロシアでは日本食ブームで、なかでも「うどん」が流行っているとか。
カザフスタンでも日本食があるとは驚きです。
最近、同じ旧ソ連圏のウクライナに行かれていましたね。カザフスタンからウクライナにいたことがあるので懐かしく記事を拝見しておりました。ほんとカザフの発展はすごいです。
背景の山の写真を拡大してみした。下のアド例をクリックすると絵を表示します。
手前は菜の花のようです。いかがでしょうか。富士山でしょうか。
http://blog-imgs-63.fc2.com/m/a/k/makurokurosk/IMG_9366-341.jpg
英語表記のGyudonやOyakodonにも驚かされました。
冷凍技術のおかげですが、一番大きいのは日本食を作れる料理人が増えたためではないでしょうか。
カザフスタンで最初に驚いたのが日本食店の少なさでした。それだけに地方都市のアクトベで寿司に出会えたので、もっと驚きました。