パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が19/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
の場合はクリックすると拡大します。インドのホテルの話をするときにムンバイ(ボンベイ)のタージ・マハール・ホテル(Taj Mahal Palace & Tower)の話を抜きにしては出来ません。 特に外観の豪華さには目を奪われてしまいます。 真中の旧館の右側の高い建物が新館です。 Wikipedia
このホテルの奥に並んでいる海岸沿いのマンションは百万ドル(1.2億円)を下ることはなく、ますます値段は上がっているそうです。 インドには2つ世界があります。 庶民の生活の世界と、我々の想像を遥かに超えた豪華の世界です。
そして、最近、3つ目の世界が現れて来ました。 我々日本人の平均的な経済力がある人たちの世界です。 そんな人たちの人数は日本人を越えて約2億人いるそうです。 インドの人口は2024年に中国を抜いて現在14億7646万人です。→現時点人口
海から見たタジマハールホテルです。 エリファンタ島から帰って来た時の船の上からの景色です。 残念ながら夕方であったために正面からは上の写真のように太陽があたった写真が撮れませんでした。

太陽を背にしたタージマハールホテルです。
逆光で、あまりにも画面が暗かったので、画像処理で明るくしました。

ホテルの前でタクシーと交渉しているインドの女性も印象的でした。
なかなか交渉が成立しませんでした。 インドのみなさんは交渉には慣れています。

ホテルの旧館に入ってみました。
中央のドームの部分は上まで吹き抜けになっており螺旋状に階段で上がれます。 ここは2階部分です。

これは何か判りますか。
中央ドームを真下から見たところです。 廻りに螺旋階段があるのが判ってもらえのと思います。

一階から上がるところの写真です。

中庭にはプールがあり、廻りではのんびりとすごすことが出来ます。

こちらが中庭です。 左端にプールが写っています。

外には馬車も待っていました。

ホテルの前の景色です。 海が広がっています。

航空写真でデリーのタジマハールホテルを紹介します。
こちらがストリートビュー(SV)です。
ここから下がデリーのタジマハールホテル(Taj Mahal, New Delhi)です。 こちらも立派なホテルでした。
1993年07月25日~1993年08月06日に泊まりました。 撮影日は1993年08月01日でした。 私は何度かタジマハールホテルに泊まりましたが、その中でドイツのコール首相がタジマハールホテルに宿泊したことがあり、その時は沢山の兵士がホテルを囲んでいました。それが1993年07月25日~1993年08月06日の中だったと思います。
今はJALの成田~デリーの直行便はありませんでしたが、この時は直行便があり、その直行便で往復しました。 この時期はフィルムカメラだったので、機内の写真や搭乗券の写真は撮っていませんでした。
1993年7月25日 JL 成田 → デリー
1993年8月06日 JL デリー → 成田

上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載します。 本写真をクリックするとさらに拡大します。 拡大するとフィルムカメラであることが判ってもらえるかもしれません。

デリーのタジマハールホテルの航空写真も紹介します。
ストリートビュー(SV)でもデリーのタジマハールホテルを紹介します。





優雅な時間を過ごせそうですね^^
写真を見ていたら絶対行ってみたいとさらに気持ちが強くなりました
こんな素敵なホテルに泊まってみたいです。
1階のロビーは小さいのに驚きました。デリーのタジマハールホテルのロビーはすごかったです。でもホテルのかくはムンバイのタジマハールなのです。
旅行の行き先は迷いますね。最初に行く国としてはインドを選ぶ人は少ないと思いますがなかなかいいところです。
インドを代表するホテルです。ムンバイは世界で一番ホテル代が高い町だと言われましたが確かに言われるとおりでした。
こんなホテル泊まってみたいですが
値段が高そうですね。
値段は高いと思うけれども、パックツアーに入っていると安いかもしれません。
色々心配がありながらもブログを再開しました。
ホテルタージマハルは以前ボンベイと呼ばれていた時代に
滞在したことがありますが素敵なホテルでした。
テロがあって本当にショックでした。
ありがとうございました。テロにはショックでした。テロのあとすぐにムンバイ(ボンベイ)の別のホテルに泊まりましたがホテルに入る時の安全検査が厳しかったです。今ではホテルに入る時の安全検査が日常的に行われるようになったのはちょっとさびしい気がします。
のんびりと過ごしたくなるホテルですね。
今時のインドの女性はサリーを着ていないんですね。
とても憧れていて、日本ででしたが、一度だけ着せてもらった事が
あります。
シンガポールに行った時にインド人街でサリーを買いたかったのですが
一緒に行った現地の中国系の友達に何でサリーなんて買うんだって
言われて買う事ができませんでした(>_<)
若い人はサリーを着ている人は少なかったです。エアインドア(AI)は確かサリーだったと思います。
民族衣装は一度は着てみたいのかな。ベトナムのアオザイも有名ですね。
行ったことがないのですがこういうところなら泊まってもいいかもなあと
でも、むしむししてそうで
うーん
やっぱり、当分その気にはならないかも
インドは観光地として好きな人と嫌いな人に二分されるところです。昔は衛生状態が気になりましたが、いいレストランも一気に増えたので、今は暑さが、一番の障害のような気がします。そういう意味で、2月が一番のお奨めですが、休みが取れない人は年末年始になると思います。
ヒマラヤに行かない限りは、ほんとうに暑いので夏は絶対にやめた方がいいです。
nice!です☆
本当に電線のない景観は美しいですね (^_-)-☆
いいのか?わるいのか?複雑です
でも、平準化した方がいいと思います。
インドのお嬢さんたち、スタイル抜群、そのうえ見目麗しいわ。
交渉しなくてもメーターが正確運賃を・・・
(私はお金がないのでタクシーには滅多に乗りません)
nice! ありがとうございます。
nice ! ありがとうございます。
デリーやムンバイで電線が無いのは、イギリスの影響なのでしょうね。
地方都市では電線が沢山ありました。
人間にとって一番幸せなのは、どんな社会なのでしょう。
ある意味で世界の縮図なのかもしれません。
1850年頃の世界人口と、今日のインドの人口(14億7649万人)が同じなのです。
見事なホテルでした。
1850年頃の世界(現在のインドの人口と同程度)の貧富率とインドの貧富率はが気になります。
問題は、平準化のやり方ですね。
人類の課題のようにも感じます。
ほんと、背も高く不思議な魅力があるお嬢様たちでした。
インドからミスワールドは6人出ています。直近は2017年です。
飛行機(Jaipur→Mumbai)の中で私の前の席に、1994年のミスワールドのアイシュワリヤー・ラーイさんが座られていました。距離で1mでした。
皆さん粘り強いので、結局は契約成立するのでしょうね。
タクシーと言えば、扉が運転手の操作で開き閉め出来るのは日本だけでした。
インドのホテル代は世界と比べても異常に高かったので、インドの物価に比べると天文学的な価格なのかもしれません。
nice! ありがとうございます。