パリの記事の掲載が終わったので、次はベルリンの14の記事をブラッシュアップして順番に紹介したいと思います。本記事が9/14です。
の場合はクリックすると拡大します。下の写真をクリックすると判ると思いますが、石の塔の部分に2つの年号が刻まれていました。一つが1914年で、もう一つが1918年でした。この年号から、1914年から1918年にかけて戦われた人類史上最初の世界大戦である第一次世界大戦に関係したものであることは判りました。おそらく第一次世界大戦戦没者の慰霊碑のようなものであると思います。
その第一次世界大戦慰霊碑の下に、もう一つのモニュメントがありました。中央に剣が配置されその周りに四角い石が7つ置かれていました。影は最初に紹介した鷲の塔です。
最初の石には1939年と刻まれていました。次の石には1940年と刻まれ、最後の石には1945年と刻まれていました。この年は第二次世界大戦の期間と一致しています。こちらは第二次世界大戦の慰霊碑だったようです。写真をクリックすると1939年~1942年と刻まれた石が確認できます。

第二次世界大戦は1939年から1945年にかけ、ドイツ、イタリア、日本の三国同盟を中心とする枢軸国陣営とイギリス、フランス、アメリカ、ソ連、中華民国などの連合国陣営との間で戦われた全世界的規模の戦争です。1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻とともにヨーロッパ戦争として始まりました。戦火は文字通り全世界に拡大した悲惨な戦争でした。
剣(つるぎ)の部分を正面から撮りました。
斜めからの剣も紹介いたします。ドイツのモニュメントは他の国とは違う気がします。
戦争慰霊碑と言えども勇ましさが伝わってきます。
クリックすると1943年、1944年、1945年と刻まれた石碑が確認できると思います。
7つの石碑の意味は何でしょう。7年間も続いた悲惨な戦争を表しているのか。それともそれぞれの年に亡くなった人たちを慰霊しているのでしょうか。いずれにしても戒めや警告を表しているのだと感じました。


この航空写真の中央に剣のモニュメントがあり、その左下に鷲のモニュメントがあります。航空写真の中の
モニュメントのそばに欧州旗とドイツ国旗とベルリン市旗が立っているのが確認できます。一番右の旗は旗の順番と色合いからSIEMENS Flagのように感じました。→ SV

紫色ライン(━━)で囲ったところがSiemens-stadt(シーメンス・シティ)と呼ばれている範囲です。
茶色マーク(
緑色マーク(









慰霊碑”トイツ”っていう感じがしますね。
まさにドイツの雰囲気でした。ツルギは戦いの象徴ですね。
ローマ帝国やロシア帝国など、かつて双頭の鷲を国章とした国もあったようです。
「西部戦線異状なし」にも若い兵隊の情けない気持ちが
描かれていますね。人間の欲望と生命の儚さと…
ドイツ語を訳してもらえたのですね。気になっていました、ありがとうございます。いつまでも忘れないためのもののようですね。
ドイツらしいモニュメントでした。年代を見て判りました。
年号に意味があるのですね。
四角い石碑には年号だけが書かれていました。重い意味があるのでしょうね。
nice!です。
広島にも長崎にも在りますね。
沖縄にも。
でも、殺し合いは続いています。
そしてまた記念碑が出来るのでしょう。
哀しい事です。
剣は自らに向けられた物ではないでしょうか。
確かに日本では忠霊塔や慰霊碑は沢山ありますね。
それだけ沢山の人が亡くなったことのあかしです。
nice! ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。
西洋では剣は特別な物のようです。象徴なのですね。
今の時代にも、平気で人の命を奪ってしまう指導者がいるのだな、と思ってしまいます。
Nice‼ ありがとうございます。
まさに戦争への反省を意味なのだと思います。
剣の意味は騎士の持ち物なので西洋人独特の間隔のように感じます。
nice! ありがとうございます。
訪問 ありがとうございます。