カザフスタンの首都アスタナの記事を11ブラシュアップして紹介させていただいたことから次はアメリカのピッツバーグの記事を17ブラシュアップして紹介します。本記事が6/17です。
の場合はクリックすると拡大します。156歳のケーブルカーと143歳の橋を紹介しましたので、次は136歳の路面電車です。
ピッツバーグにも路面電車がありました。 結構有名みたいです。 見えている路面電車の駅名はステーションスクエア駅(Station Square Station)です。 ピッツバーグのケーブルカーは1870年、路面電車は1890年に出来たそうです。 路面電車は今から136年前に出来たとのことになります。 現在、ダウンタウンの中では地下鉄となって走っています。 ただし写真の場所は一般の自動車とは分離されていました。 路面電車と一般の電車の両面を持ったシステムでした。 この写真の場所は、すでに紹介した上流側のケーブルカー(Monongahela Inclines)の乗り場のすぐ横です。
Station Square Stationからダウンタウンの中は次のように走ります。
下記の緑色文字の部分が地下鉄になっています。
Station Square Station→鉄橋→First Avenue Station→ →Steel Plaza Station→Wood Street Station→Gateway Station→North Side Station→ →Allegheny Station
ステーションスクエア駅→鉄橋→ファーストアベニュー駅→ →スティールプラザ駅→ウッドストリート駅→ケートウェイ駅→ノースサイド駅→ →アラゲイニー駅
鉄道の下を路面電車が通っています。その奥の方はトンネルです。トンネルの中を走る路面電車もめずらしいですね。このトンネルはすでに紹介した丘Coal Hillの下を走って丘の向こう側ら続いているのです。
トンネルを抜けて南の郊外には線路は2つに分かれてLibrary Station(ライブラリー駅)とSouth Hills Village Station(サウス・ヒルズ・ビレッジ駅)まで行きます。
丘の上の高さを知るためにGoogleマップでトンネル入口から丘の上まで徒歩での標高変化を表示させたのが右下のグラフです。 トンネル入口の標高が738ftで丘の上が1168ftでした。 標高差表示→ポチッ
トンネルと丘の上の標高差は430ft つまり標高差は131mあるので丘の上の高級住宅地にはトンネルの影響はないと言えます。一般車両と分離しているのに路面電車と表現しているのは一般車両とは分離されていましたが、バスと共用の道路だったからです。トンネルの奥からこちらに来るのはバスです。トンネルの向こう側は住宅地で衛星写真で見るとほとんどが一般道路と分離されておりました。このトンネルの部分だけが路面のようです。

上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のためにバスの部分を拡大いたしました。
このバス路線はSouth Busway (Sバスウェイ)と呼ばれており1960年代に路面電車と段階的に入れ替える目的で登場いたしました。現在は路面電車とバス路線の両方が使われている段階のようです。
ピッツバーグの昔の路面電車を紹介したかったのでネットから写真を拝借いたしました。上の段の右の写真は1985年の路面電車で、左の写真は1972年ものです。 下の段の左側の写真は1967年の写真です。
この写真から橋の正面に駅があったことが判ります。
右の1915年の写真では線路の横を馬車が走っていました。
これら写真の場所はトンネルの正面にあるSmithfield Street Bridge(スミスフィールド通り橋)です。




ステーションスクエア駅の近くにはステーションスクエア(Station Aquare)がありました。バックに写っている丘が Coal Hill で、丘の上は高級住宅地です。すでに紹介したシーフードレストランやサンドイッチ店があります。ここから丘の上には紹介したケーブルカーで登ることが出来ます。
ここが路面電車の写真を撮った場所です。今は左下のトンネルから出てきて、右に急カーブで曲がってステーションスクエア駅に向かっています。昔はトンネル出た後に真っ直ぐで目の前の橋の上を路面電車が走っていきました。左上にはすでに紹介したケーブルカーが写っています。
徒歩で丘の上まで歩く場合にGoogleマップが選択した最短の道です。 ルート図はこちらです。→ポチッ
青色ライン(━━)が路面電車のトンネルです。
オレンジ色ライン>(━━)がSmithfield Street Bridgeで赤色ライン(━━)がケーブルカーです。緑色ライン(━━)は今は無くなったケーブルカーです。青緑ライン(━━)はダウンタウン内を走る路面電車(地下鉄)でフットボール場のハインツフィールドの近くのAllegheny Station(アラゲイニー駅)まで行きます。
こちらがトンネルの反対側の出口です。 青色ライン(━━)が路面電車のトンネルで、紫色ライン(━━)が丘のトンネルを出た後の地上の線路です。
紫色ライン(━━)が丘のトンネルを出た後の南側の郊外の路面電車です。青色マーク
サウスヒルズ辺りには大きな車両基地もありました。SV
上の地図でサウス・ヒルズ・ビレッジ(South Hills Village)と書かれているあたりです。
2022年7月のストリートビュー(SV)で見た車両です。 Washington Junction駅でのSVです。
車両は私が見た時と同じタイプです。
路面電車とは関係ありませんがカーネギーメルン大学
カーネギーメロン大学あたりのストリートビューです。→ポチッ
黄色マーク
すでにケーブルカーの記事で紹介しましたが、この時の日本→ピッツバーグ→日本(1泊)→台湾→日本のフライトルートです。 ピッツバーグの位置が分かってもらえると思います。
日本人でピッツバークの正確な位置を知っている人は意外と多くないと思うので、シカゴ~ピッツバーグのフライトの拡大部分も掲載しました。 ピッツバーグはシカゴとニューヨークの間あたりです。
右下の写真は帰国の日(8月5日)のピッツバーク空港の朝(6時59分/日本時間19時59分)の写真です。
8月3日 UA884 成田 → シカゴ
8月3日 UA734 シカゴ → ピッツバーグ (8月3日着)
8月5日 UA707 ピッツバーグ → シカゴ
8月5日 UA881 シカゴ → 成田(8月6日着) 自宅1泊
8月7日 EG201 成田 → 台北
8月8日 GE563 台北 → 高雄 GE:トランスアジア航空
8月9日 EG278 高雄 → 成田
こちらはWikipediaに掲載されていた産業革命時の1857年のピッツバーグのモノンガヒラ川の風景です。
独立戦争後は軍需産業の一大拠点になっていたピッツバーグは造船から始まりいろんな産業が発達し石炭が豊富だったこともあり、鉄鋼王のカーネギーがユニオン製鉄所を創業したのもピッツパーグでした。まさに鉄の町だったようです。





でも何が違ってるんだろう? 大きさ?
レールのあり方? 長崎の市電は何処まで乗っても100円なのですが
今度値上がりするらしいです。
余計な心配をしてしまいました。
風景はどことなく古いものを残しながら
新しい電車が道を走っている。
そんな融合も素敵だと思いました☆
上から見ると急に曲がっててとってつけたようですね^^
あとから変更したからでしょうか。
学生時代に自転車で長崎にいった時に路面電車の線路のことを覚えています。今でも活躍しているのですね。
たぶん大丈夫です。バスが一緒に走るのはトンネルだけでした。
ピッバーグはいいところでした。
思いでガ沢山あるのですね。
路面電車って素敵ですね。
風景と絵になりますね。
トンネルって珍しいですよね。
乗ってみたいです。
路面電車が走る町はなんとなく趣が違います。新しい車両だけれども、この町は歴史を感じてしまいます。
トンネルはかなり古くからあるたいです。車両は新しいけれど歴史が気になります。
お察しのとおり、昔は真っ直ぐ橋を渡っていました。今は電車の専用の橋を作ったために急に曲がっています。
活躍しているみたいです。うれしいですね。
この急カーブとトンネルに興味が引かれました。いろいろネットど調べると出てきました。
富山に行きました。
街のなかを
がしゃがしゃがしゃと
行灯広告を頭にのっけた、
市電が走っていました。
昭和の富山の
喧噪が再現した様で
不思議な感じがしました。
富山市では
休日早朝、
数百人の
ボランティアが
一生懸命道路掃除
をしていました。
正しく
非日常的で、
でも素晴らしいですね。
また個展を予定しています。
各国、各都市の路面電車の写真を集めると面白いでしょうね。
個展、頑張ってください。
富山は大昔に行ったことがあります。お魚がおいしいところですね。楽しそうな市電ですね。
119歳の路面電車とは、おどろきです。
歴史を感じますね。
私はまだ一度も乗ったことないんですよ。
子供のころには乗った記憶あるのですが、長く路面電車に乗ったことがないです。どこかで乗ってみたいと思います。
珍しいことだらけの路面電車でした。
ピッツバーグに日本食レストランがあるとは知りませんでしたそれも20年前にあったのですね。ピッチバーグでの夕食はステーキとシーフードでした。
車社会のイメージが強すぎるんですね
路面電車って
響きがいいですよね✿
地元では見られなくなってしまったので
すごく懐かしい気持ちになりました。
ピッツバークはかつてスモーキータウンと呼ばれるほど大気汚染に苦しんだ町です。今はアメリカでも屈指の環境の良い町になりました。その取り組みの一つが路面電車だったのかもしれません。
路面電車は趣があっていいですね。町の人も、おおらかでやさしく感じられるのは気のせいでしょうか。
ピッツバーグはかつては、アメリカを支えた製鉄の町です。1980年代からはハイテク、保健、教育、金融、サービス業を中心とした活気のある町に変身いたしました。よくディア・ハンターの主人公たちがピッツバーグ出身であることをご存知でしたね。先ほどネットで調べて知りました。
ちょっと乗ってみたいです^^
都電荒川線もかっこいいと思います。
都電の前身の東京電車鉄道が初めて開業したのが111年前の1903年8月22日の品川-新橋でした。最盛期には41系統、総延長は213kmでしたが今は荒川線(12.2km)のみとなってしまいました。いつまでも残ってほしいです。
名鉄犬山線が、木曽川の橋の上を車と併走しますね。。
道路にレールがあります。
一般の電車が路面電車のように走っている場所があったとは驚きました。それも風情がありますね。写真をネットで探してみましたがこちらでしょうか。
http://mino-tokai.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/07/07/img493.jpg
ピンポ~ン!!ですよ。。。
犬山遊園と鵜沼の間ですね
岐阜の近くに住んでいたので、この辺りは、よく遊びに行きました。。
木曽川に架かる犬山橋ですね。この写真には驚かされました。
nice!です。
鉄ジイには旧型の車両が喜ばれます 😀
河原町丸太町迄、今はバス・お迎えがないと行けません。
ピッツバーグは確かに鉄鋼の町ですね。ケーブルカーも路面電車も歴史があるんですね~。
路線バスも同じところを走るとは、なかなかすごいですね(^^♪。
nice! ありがとうございます。
nice ! ありがとうございます。
私も子供の頃(小4ので)に広島で路面電車に乗っていました。
確かにありました。
日本の最後のトロリーバスは1959年開業~1972年廃止の横浜市営トロリーバスだそうです。
海外ではフランスのリヨンで見ました。
ほんと旧型の路面電車はいいですね。
新旧走らせて残してほしいです。
検索で出てくる日本の路面電車は9ケ所でした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%B7%AF%E9%9D%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A%E4%B8%80%E8%A6%A7
京都の路面電車も減りました。
今は嵐電と京阪大津線ですね。
ナイス ありがとうございます。
ほんと路面電車が走る町は魅力的です。
神戸に引越してしまった小4まで広電に乗っていました。
今も広電が走っているのはうれしいことです。
自宅1泊の海外の旅は初めてでした。この年は10ケ国24回ほど旅に出ました。
24回は一番多かった都市で、その次に続くのは21,20,18,18,14,14,14,13,13,11,10,8,8,8.8,5,5,4,4,3,3,3,2,1,1,1,1回/年です。
nice☆ ありがとうございます。
確かにトロリーバスはいいアイデアですが、郊外は専用線路になってしまうので採用しなかったのではないかと思います。
nice ! ありがとうございます。
nice ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。