パキスタンの記事を19ブラシュアップして紹介させていただいたことから、今度はインドの57記事の中から先ずは19記事をブラシュアップして紹介します。 本記事が12/19です。
初めてインドに訪問したのは1992年7月18日で、それ以来13回訪問しました。
の場合はクリックすると拡大します。
上の写真は1989年11月にインディラ・ガンディーの息子のラジーヴ・ガンディーが演説しているところの写真で、後ろの壁の写真は左から
マハトマ・ガンディー ジャワハルラール・ネルー インディラ・ガンディー です。
車で見に行ってみると、家の前に行くと警官が沢山いて、中に入りにくい雰囲気でした。 入れてもらえないかとお願いすると、1月30日はガンディーが暗殺された命日のために要人が多数来ていることから、この日は一般の人は入れないと断られてしまいました。 マハトマ・ガンディーは1948年1月30日になくなったのでした。365分の1の日に当たってしまうとは、まことに残念でした。
運転手の人に代わりに近くで行くところはないかと聞く、近くに冒頭の写真の右端の女性インディラ・ガンディーの記念館(MEMORIAL)があるということなので、そちらに行ってみました。インディラ・ガンディーは女性でありインドの代表的な首相でありましたが、やはり暗殺で亡くなりました。インドは政治家の暗殺が多い国であることを再認識させられました。

小さな入口で、日本人の人は気が付かないと思います。インディラ・ガンディーはインドの第5代と第8代首相でした。そしてインドの初代首相ジャワハルラール・ネルー(またの呼び方はジャワハルラール・ネール 冒頭写真の中央)の娘で、第9代首相ラジーヴ・ガンディー(冒頭写真の演説をしている人)の母でもあります。冒頭の写真は記念館の中に展示されていた写真です。

中に入って驚いたことに沢山の人が見学に、こられていました。ほとんどがインドの人だと思います。もちろん日本人は見かけませんでした。ジャワハルラール・ネルーの娘がインディラ・ガンディーで、インディラ・ガンディーの息子がラジーヴ・ガンディーです。マハトマ・ガンディーはインディラ・ガンディーおよびラジーヴ・ガンディーとは血縁関係ありません。ガンディーと言う名前が同じだけです。
マハトマ・ガンディー 1869年10月02日~1948年01月30日(暗殺) 右の写真 →
ジャワハルラール・ネルー 1889年11月14日~1964年05月27日
インディラ・ガンディー 1917年11月19日~1984年10月31日(暗殺) 写真 →
ラジーヴ・ガンディー 1944年08月20日~1991年05月21日(暗殺) 写真 →

インドの人たちもほとんどの人が携帯電話で写真を撮られていました。子供のころの写真など、貴重な写真なので撮りたくなるのだと思います。

本当に沢山の写真が展示されていました。世界中の要人と会っていることにも驚かされました。

若い時の写真や家族の写真が飾られていました。真中がインディラ・ガンディーさんで周りは家族(子供と孫)です。写真の下にSanjay(次男) Rajiv(長男) Maneka(Sanjayの妻) Sonia (Rajivの妻) Priyanka(孫 Rajivの娘) Rahul (孫 Rajivの息子) と6人の名前が書かれていました。

広い敷地に白い建物がいくつか建っていました。

剣なども展示されていました。

この記念館の目玉は写真と住んでいた部屋を公開していることです。






でも 普通の日本人が見ない場所に行けたのは
ラッキーかもしれませんね。
ご指摘の通りです。インドの歴史に、ほんの少しですが触れることが出来ました。
対立相手を殺して解決しようとする。
なんともいえない脱力感を覚えます。
懐かしい写真です。
今やインドの経済成長が続き、当時とは大違いになりましたね。
これほどまでにインドでは国のリーダーへの暗殺が多いのには驚かされます。そういえばアメリカも多かったですね。
ご指摘のようにマハトマ・ガンディーは有名です。それにインド経済も確実に変わってきました。
365分の1に当たるとは!
初めての海外旅行でインドと
ネパールに行った時
ガンジー廟に行きました。
正直ガンジーと言う人は偉人伝の
一冊くらいの意識しかありません
でした大人になると本当の意味
での偉さが少しは解かるように
なりました。
それにしてもいつの時代も
(暗殺やテロなど)暴力は
なくならないのですねえ(-_-;)
インドとネバールの旅行経験がおありなのですね。それも初めての海外旅行とは驚きです。ほんとガンジーは素晴らしい人です。
インドの沢山の言葉、宗教、民族がある中で、「非暴力、不服従」の思想の元でインドを独立させ、植民地解放運動や人権運動の平和主義的手法として世界中に大きな影響を与えたことはすばらしいです。インドの父だけでなく植民地解放の父でもあるのだと思います。
nice!です。
小学生の頃はインドというとガンジーさんでした 😊
ゴム草履みたいなのを履いていましたね。
子どもの頃はよく聞いた名前。
政治家が人民の味方を究めるとその先に暗殺がつきまといます
日本は平和な国、意に添わぬこと物申しても
街を歩ける治安の良さ
nice! ありがとうございます。
小学校の頃、偉大な人だった印象です。
帰国する日が、偶然にもガンジーさんの命日でした。
盛大な式典が毎年行われていることを知りました。
確かにガンジーと言っていました。
ガンディーを銃で撃ったのはヒンドゥー原理主義団体の民族義勇団のナートゥーラーム・ゴードセーでした。ムスリムに譲歩するガンディーを、イスラム教徒の肩を持つ裏切り者として暗殺に及んだそうです。
なにかを成し遂げようとする人は、暗殺などで狙われることが多いように感じます。
葬儀は翌日の1月31日に国葬で営まれ、亡骸はヤムナ河畔のラージガート火葬場にて荼毘(だび)に付され、遺灰はガンジス川や南アフリカの海に撒かれたそうです。
ケネディーなど世界には偉大な指導者が暗殺される事例は多いですね。
暗殺は少ないけれども、若者が殺人事件を起こすニュースが増えているように感じています。
Nice‼ ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。
nice! ありがとうございます。