2014年02月19日

牛さんが放し飼いでした。



ベトナムはお米の国、水田の国です。今でも水田で牛さんが活躍しています。
それだけに沢山の牛さんが飼われていますが、働いていない時は牛さんが自由に歩き回っているのです。
荷物を運ぶ荷車も牛さんがほとんどでした。前回の記事です。→ポチッ

道を自由に歩いているので車が止められてしまう場合もあります。この時も牛が道路を渡りきるまで待っていました。


道端で草を食んでいる姿をよく見かけます。いずれも飼い主の人はそばにいないのです。


一番不思議だったのが、この写真です。道を牛が行列を作って歩いているのです。人はまったくついていないのに行儀よく歩いているのには驚かされました。


道路の中央分離帯ですが、こちらでも牛さんはくつろいでいました。稲が長く伸びてくる時期は牛さんは仕事がなくなって、のんびりと出来る時期なのだと思います。阿蘇山でも沢山の牛さんを見かけました。牛注意の標識も見かけました。→ポチッ
ベトナムではいたるところにいるので標識を立てることは出来そうにありませんでした。
ラベル: ベトナム
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2014年02月18日

白い黄身の卵



パキスタンで朝食にマッシュルーム入りのオムレツを頼みました。出てきたのがこれです。真っ白のオムレツでした。人からパキスタンの卵は白いと聞いていましたが実際に見て驚きでした。白身だけのようでオムレツらしくないです。アラブの内陸地域も卵の黄身が白いそうです。
日本で黄身抜きのオムレツを作ってもらったことがあります。
  そっくりだと思いませんか。 → ポチッ

<パキスタンの卵>
さっそくゆで卵を持ってきてナイフで切って見ました。黄身の色がすごくうすいことが判ってもらえると思います。
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<日本の卵>
比較のために日本のゆで卵の写真を掲載しました。 下の写真が日本の卵です。普通の値段の玉子で、写真の色調整もしておりません。比べてみてあらためて驚きました。
パキスタンの白い黄身の原因は餌の問題のようです。こちらで生卵を食べたい日本人はニワトリを飼うそうですが、やはり白い黄身になってしまうそうです。いろいろ調べて貝殻などを入れたり日本から餌持ってくる工夫をした結果、同じニワトリで日本で食べる卵のように黄色い黄身の卵を産むようになったそうです。これからするとニワトリの品種のせいではないようです。
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2014年02月16日

雪の中のワンコの散歩



2014年2月14日の夕刻から今朝にかけてまた雪が降りましたが、雨に変わって路面に積もった雪は昼までに解けてしまいました。写っている雪は2月8日に積もった雪で、見ての通りまだ残っているところが多くあります。

2月8日の時の千葉の雪は観測史上一番の雪だったことから雪の中にワンコが入ると身動きが出来ないことから雪の中に入ろうとしませんでした。でも雪の深さも浅くなったのでワンコも雪の中を走れるようになりました。雪が降った当初はワンコの背丈ほどの深さがあったので雪の中に入ると身動きが出来なくなってしまった経験から、ワンコ自身も雪の中に入るのを避けてきましたが、今回程度だとすぐに雪の中に入りました。飛び跳ねるように雪の中を走っている姿をプレーボタン( )をクリックして是非とも見てください。雪が浅くなると歩くことが出来ますが前半は雪が深かくて歩けないので走りました。動画の後半は、雪の解けた道での散歩の光景です。


2014年2月15日の同じ場所の5時半(上段)と13時半(下段)の写真です。
この写真から2月14日に千葉に降った雪はすぐに溶けてしまったことが、わかってもらえると思います。2014年2月8日に降った雪はこちら → ポチッ
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

クリックすると拡大実は今日(2月15日)は学生時代のサイクリング部の友達が2名、一泊で家に来て3人で飲むことになっていて楽しみにしていたのですが、その中の1人が長野県茅野市のため特急が全て運休となり来れなくなりました。朝から連絡を取り合って3月8日に再集合することになりました。集まるのは下の写真の矢印の3人で、この時は3人は2回生でした。下の写真の真中が私です。懐かしい写真なので掲載させてもらいました。


この時に自転車で走った走ったコースです。青色が一人で走った道で赤色ラインが全員で走った道です。黄色のラインは東京からの迎えで車で移動した道です。四年間の合宿のルートです。
 一回生夏合宿 若狭   http://goo.gl/maps/qA1az
 一回生春合宿 北九州  http://goo.gl/maps/SSV9J
 二回生夏合宿 信州   http://goo.gl/maps/JolKf    ←下記地図
 二回生春合宿 信州   http://goo.gl/maps/2ibxZ
 三回生夏合宿 東北   http://goo.gl/maps/0LV3f
 三回生春合宿 信州   http://goo.gl/maps/XXZqN
 四回生夏合宿 信州   http://goo.gl/maps/xX1MM
 自転車で通った峠     http://goo.gl/maps/h7kXQ  ←プロット途中

より大きな地図で 2年夏合宿 8月2日~8月13日 を表示
ラベル: むさし
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2014年02月15日

国道1号線 ハノイ~ホーチミン

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

ハノイとホーチミンを結ぶ鉄道を紹介したので、今度はハノイとホーチミンを結ぶ国道を紹介いたします。ハノイから南に230kmの町まで車で走る機会がありました。走る国道はベトナムで最も交通量の多い国道1号線でした。距離は230kmですが、所要時間は5時間半ほどで休憩も入れると6時間のなかなかハードな旅でした。
そして、翌日は、その国道1号線を同じ車でハノイに戻りました。この国道を紹介したいと思い、ハノイへの帰りは運転席の横に乗せてもらいました。上の写真が国道1号線です。
左に2段の頑丈そうなガードレールがありますが、その左がすでに紹介したベトナムの国鉄の線路です。こちらもハノイとホーチミンを結んだ路線で、国道1号線と平行して走る機会が多かったです。
昔は大きな川に架かる橋は鉄路と道路の兼用だったので道路と線路が平行して走ることになったのだと思います。ここでは線路は右にありますが左を走っている場所もありました。入れ替わるところでは、すでに紹介した踏切がありました。

この写真と近い場所の動画も撮ったので紹介いたします。気になるのが頑丈なガードレールです。車を守ってくれているのか、線路をまもってくれているのかはわかりませんが、これほど頑丈なガードレールをつける理由が走っているうちにわかってきました。その理由は、下の方で説明いたします。


下の写真のように鉄道が鉄橋となっている場所や線路が離れている場合は普通のガードレールでした。線路が見当たらないところではガードレールもありませんでした。今回の道沿いには、すでに紹介したタンホア鉄橋もありました。ただし、この写真はタンホア鉄橋ではありません。
クリックすると拡大

国道1号線はほんとうにバスが多い道路でした。鉄道が安全だと思うのですが、本数が少ない上にハノイからホーチミンまで33時間かかるそうなのでバスの方が便利なのだと思います。全てがホーチミンまでではなくて途中の大きな町までの表示のバスが多かったですが、見ていると運転手さんが二人乗っているので、ほとんどが長距離バスのようでした。


ほんとうにバスが多かったです。それも続けてどんどんと別の色のバスがすれ違っていきました。実は国道1号線ではバスが最も荒っぽい運転をするとベトナムに長く住んでいる人が話してくれました。
一般道で大形車両にも関わらず、すごいスピードで走っていました。
その原因の一つが国道1号線が交通量が多いのにも関わらず片側1車線にあるそうです。遅い車も走っており、競争各社がある中で走行スケジュールのあるバスは追い抜き行いながら走行をすることになるためだと思います。


当然、追い抜きは反対車線を走行することになります。車の追抜きは対抗車との間で余裕があるときに行うのが普通ですが、時にはこの写真のようにぎりぎりのタイミングになることが何度もありました。右のバスが追い抜きを行っているところで我々の正面に向かってくる感じでした。これはかなりの恐怖感があります。最終的にはこちらが路肩に逃げて避けることも何度かありました。当然、路肩には人が歩いていたり自転車やバイクが走っていることもありえるのです。我々が乗っている車も、他の車より早く走っていたのですが、それを追抜いていくバスもありました。バス同士でも追抜きを行っていました。安全運転を心がけるバス会社(たいがいは大手のバス会社)もあるそうです。そのバスを追抜いていく荒っぽいバス会社があるのです。


バスの次に荒っぽい追抜きを行うのがトラックです。トラックはこのようにぎりぎりの追抜きになるケースは少なかったけれどもバス以上に迫力がありました。この時は最終的にこちらがスピードを落として路肩側に逃げました。前にバイクが走っていたので路肩に逃げるためにはスピードを落とすしかありませんでした。
このようなことが頻繁にあることから冒頭の写真のような場所では線路に突っ込んでしまう車が出る可能性が高いのだと思いました。だから頑丈なガードレールで線路が守られていたのだと気がつきました。
クリックすると拡大今回の記事とは関係ありませんが、トラックに追抜かれている左側の白っぽい趣のある車は1958年当時のデザインのままのロシアのメーカーUAZ(ワズ)のバンのようです。この車は昨年ロシアで見かけて記事に書きました。→ポチッ


遅い車が多いので、もちろんこちら側も追抜きを行う必要があります。我々の前を走っていた車が追抜きを行っているところです。


前に遅い車が前を走っていると我々の車も追抜きを行う必要が出てきます。追抜きのタイミングを計っているところです。この車を追抜いているところが次の写真です。


追い抜き中の写真です。これもなかなかの迫力でした。我々の車は慎重で直線でしか追抜きは行わなかったし、対向車線に車が見えるときは基本的に追抜きを行いませんでした。ベトナムでは日本と反対で車は右側通行です。国道の走行風景を紹介したいことから運転席横の助手席に座りましたが、初めての知らない車でベトナムの国道を走るときは後部座席でシートベルトをすることをお薦めします。今回の車は長年にわたって、日本人を乗せて長距離を超安全運転で走ってきた車なので、心配はありませんでしたが、迫力はすごかったです。


国道1号線は高速道路ではないところでも料金をとられます。何箇所かにこのような料金所がありました。


ハノイに近いところには高速道路もありました。ただし5時間半の内40分だけでしたが距離的にはかなり稼げました。中央分離帯もあるし片側2車線なので追抜き時の恐怖感もありませんでした。


国道1号線は正式には国道1A号線(Quốc lộ 1A)と呼ばれています。下記の青いラインが国道1A号線の全路線です。ライン上の小さな丸は通過点を指定しているところです。通過点を指定しないと国道1号線から外れるルートが表示されます。国道1A号線は中国との国境近くのランソン省ドンダン( A )からベトナム最南端のカマウ省カマウ市ナムカン( B )までを結ぶ全長2,301kmの国道です。国道1A号線は20世紀初頭にフランスによって建設されたそうです。
クリックするとオリジナル表示
通過点を指定しないでハノイからホーチミンのルート検索を行ってみました。
クリックするとオリジナル表示青い線がハノイ( A )からホーチミン( B )までの最適と検索されたルートです。上の地図の全て国道1号線のルートと比較してみてください。フエやダナンの手前から国道1号線から離れて内陸ルートになります。
距離は下記のポチッをクリックしてもらうと判りますが1709kmで車の平均所要時間は30時間)と表示されました。これだけの距離を紹介したような走行を行うバスでの移動はハードであることが判りました。 ルート表示→ ポチッ
ポチッをクリックして地図を表示させて左に表示されるルート13をクリックするとラオス国内の詳細なルートが表示されます。ラオス国内を走るルートだと1489kmで24時間と表示されました。タイ国内を走るルートも3番目に検索されていました。ラオスとタイとカンボジアを通るルートです。それにしてもルート検索は面白い機能です。このルートでは出来ませんでしたが徒歩や列車でも検索することが出来ます。ダナンまでは検索されたルートですが1号線はその後も海岸線を走ります。
ベトナムで一番長時間、車に乗ったのは11時間でした。ホーチミンからカンボジアとの国境の町ハティエンに行った時でした。
posted by SORI at 14:46| Comment(24) | TrackBack(4) | ベトナム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

ハノイ~ホーチミンの列車

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハノイの近くの踏切を2つ紹介いたしました。一つはハノイ駅からホーチミンの方向の南に105.4km行った場所で、もう一つがハノイ駅から北に700m行ったハノイ市内の踏切でした。今回、ハノイで泊まったホテルはハノイ駅か650mの位置にあるホテルで、目の前にハノイ~ホーチミンの線路が見えました。是非とも、その線路を走っている列車を撮りたくて窓の近くでカメラを持って構えていましたが、まったく列車が通りませんでした。通る列車の本数が極端に少なかったのです。結局、諦めました。
でも、ある理由により上の写真を撮ることが出来ました。その理由は後で種明かしをいたします。

地図で場所を紹介いたします。赤色マークの位置がハノイ駅です。緑色マークの位置が上の写真の列車の先頭です。空色マークが写真を撮った場所です。あと800m走るとハノイ駅に着きます。
半透明の赤色ラインは上の写真の列車の位置をイメージしたものです。

より大きな地図で 列車の先頭 を表示
動画も撮ることが出来ました。この動画はホーチミンの方角から来た列車です。この動画のプレーボタンをクリックしてもらうと、先ほど種明かしをすると言った列車がほとんど通らないのに写真や動画を撮影出来た理由が判るかもしれません。
幹線道路のように車が沢山通る踏切にはゲートや遮断機が設置されていますが、ほとんどの踏切がない上に線路の側は民家の軒先で沢山の人が行き来しているために警笛を鳴らし続けるのでした。つまりホテルの部屋の奥に居ても列車が来たことが判るためカメラを持ち出して撮ることが出来たのです。列車のスピードも遅いため間違いなく撮ることが出来ました。


こちらの写真はハノイ駅を出発して、これから南(ホーチミン方向)に向かう列車です。今回、掲載している写真はすべてクリックすると拡大するように設定しているので是非とも拡大写真を見てください。
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列車の最後尾を撮りました。民家の軒先を走っていることが判ってもらえると思います。
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私の部屋と反対側にハノイ駅がありました。エレベーターホールからハノイ駅を撮りました。こちらも目の前にあることがわかってもらえると思います。
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列車の先頭のディーゼル機関車ですが1800~1900馬力クラスのものだと思います。機関車の向かっていく方向に踏切がありますが遮断機がないことがわかってもらえると思います。
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先ほどの動画は南から来た列車でしたが、今度は南に向かう列車の動画も紹介いたします。ベトナムの鉄道は総延長2,600kmのうち2kmを除くほとんどが単線なのが特徴です。1905年に初めて開業してから109年が経ちますが、電化も行われず、昔のままを今に残しているのもベトナムの国鉄の特徴でもあります。


航空写真でも位置関係を説明いたします。緑色マークの位置が上の写真の列車の先頭です。空色マークが写真を撮った場所です。右下の方にはすでに紹介したトンニャット公園が広がっています。

posted by SORI at 21:42| Comment(18) | TrackBack(1) | ハノイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

オレゴンのおばあちゃんのチーズケーキは「泣く子も黙るチーズケーキ」

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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姪っ子が持ってきてくれたチーズケーキです。全国には美味しいチーズケーキが沢山ありますが、これはなかなかレベルの高いチーズケーキだったので紹介いたします。
ケーキなどのスイーツはフランスなどのヨーロッパの味の印象でしたが、このチーズケーキはお店の名前であるSweet of Oregonとあるようにアメリカのオレゴン州の小さな田舎町が発祥の味のチーズケーキなのです。オレゴン州(Oregon)にある小さな街ユージン(Eugene)に「泣く子も黙るチーズケーキ」と呼ばれるチーズケーキを作る右下の写真の、おばあちゃんがいたそうです。おばあちゃんの名前はグランマ・ギルスでした。
Sweet of Oregonのオーナーパティシエが30年前の1984年に小さな田舎町で、チーズケーキ作りの名人「グランマ・ギルス」のチーズケーキに出会い感動したことが原点だそうです。

オーナーパティシエが何度もグランマ・ギルスのもとへ訪れて、伝授された名人のレシピを元に10年を費やして秘伝の味を再現することが出来たそうです。その「泣く子も黙る」の味を伝えるチーズケーキ専門店は名古屋にありました。
 名前 Sweet of Oregon(スイート オブ オレゴン)
 住所 名古屋市名東区牧の原2-607
 電話 0120-875-201
 購入 エキュート東京店 JR東京駅
 電話 03-3211-8918
 HP  http://www.ccake.jp/   Blog
姪っ子が持ってきてくれたお土産は下記の3種類のチーズケーキが入ったパッケージでした。


蓋を開けると3種類のチーズケーキが現れました。
左からスフレチーズケーキ、プレーンチーズケーキ、オレゴニアンです。
一般的にチーズケーキには大別して3種類の作り方があります。それは、焼いたベイクド・チーズケーキと、湯煎焼きのスフレ・チーズケーキと、火を通さないレア・チーズケーキです。その3種類の作り方のチーズケーキが、まさにこの3種類でした。
         一般名            Sweet of Oregon
  湯煎焼きの スフレ・チーズケーキ   スフレチーズケーキ
  火を通さない レア・チーズケーキ    プレーンチーズケーキ
  焼いた ベイクド・チーズケーキ     オレゴニアン

クリックすると拡大クリックすると拡大


こちらがスフレチーズケーキです。一般的な呼び名であるスフレ・チーズケーキの名が、そのままつけられていました。お店のレシピとは違うかもしれませんが、普通のスフレ・チーズケーキは、オーブンで焼かれるベイクド・チーズケーキの材料を生クリームから牛乳に変え、更に湯煎焼きにする事でふわっとしっとりした生地のチーズケーキに仕上げるそうです。通常のスフレとは作り方が違いますが、出来上がりや食感はスフレのようなので、この名が付いたそうです。海外ではスフレ・チーズケーキは日本発祥のチーズケーキとされており、一般には「japanese cheesecake」と称されることが多いそうです。ちなみに「湯煎焼き」とはオーブンで焼くときに天板に熱湯を入れて焼く方法のことです。 
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こちらがSweet of Oregonで一番人気のプレーンチーズケーキです。確かに格別の味わいで人気があることが納得できました。これを食べて生クリームがたっぷりと使われていることが伝わってきました。このチーズケーキは火を通さないレア・チーズケーキで、一般的にはクリームチーズなどに生クリームを混ぜ合わせたものを冷やし固めてつくるそうです。
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こちらがオレゴニアンで、オーブンできつね色になるまで焼かれるベイクト・チーズケーキに属します。上の説明書きにあるようにニューヨークチーズケーキと呼ばれることもあるそうです。海外において単に「チーズケーキ」と言う場合は、ほぼこのタイプのチーズケーキだそうです。チーズの味が前面に出ている、ずっしりとしたチーズケーキでした。オレゴニアン(Oregonian)は「オレゴンの人」を意味しているそうです。
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このように切り分けで3種類の味を同時に食べ比べてみました。それぞれに特徴があって美味しくいただけました。作り方も知って食べるともっと興味深く味わうことが出来たと思いますが、作り方を知ったのは食べた後でした。
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こちらは冒頭の写真です。上の写真をクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を再掲載いたしました。クリックすると3種類の違いがよくわかると思います。土台に栄養価の高いグラハムクッキー(Graham cookies)が使われるのがグランマ・ギルス流で今も、そのレシピはまもられているようです。
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やっぱり紅茶ですね。
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こちらがSweet of Oregonの名古屋のお店です。Googleマップのストリートビューから転用させていただきました。クリックするとストリートビューを表示します。
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今回紹介のチーズケーキの味の発祥の場所であるOregon州のEugeneの場所を紹介します。 Eugene(ユージン / ユージーン) 市はオレゴン州でポートランド、セイラムに次ぎ3番目に大きい都市です。古い統計(2000年)ですが人口137,893人で、58,110世帯(31,321家族)が暮らしているそうです。

posted by SORI at 23:05| Comment(26) | TrackBack(1) | 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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